【哀悼】石巻中央のお父様【追記】

※お父様が亡くなられたご自宅付近。スキャンしたデータが紛失している為、写真集を複写しました。フィルムスキャナー導入後、新しいのをアップします。(2004年秋頃/石巻市中央/ご自宅付近)

2011年8月1日石巻川開き祭りも残すは花火大会だけとなった夕刻。

旧北上川の中にある中瀬公園から花火が打ち上げられる為、旧北上川沿いへ赴きますと、素敵なご家族が椅子に座って歓談しつつ花火を待っておられました。

とても素敵に感じられ、呼ばれるようにお近くまで伺い、お話を伺いました。

旧北上川沿いの石巻市中央一丁目は、江戸時代からの船着場であり、ここで廻米船から荷下ろしをし、河川の船に乗せ変えて、石巻中央に掘り巡らされた水路を使って配送したり、旧北上川を遡って奥州藤原氏の平泉やその土地土地と交易していたとの事です。

海上船である廻米船と、河川の船との交叉する要衝の地。

それが石巻の歴史であり、かつてはこの石巻市中央一丁目の旧北上川沿いには(船を繋ぐ)綱屋や船に関するお店が多かったそうです。

一本入ったアイトピア通りも昔は水路になっていて、そこには着物やいろいろな絢爛豪華なお店が軒を連ねていたそうです。

ご家族のお父様だけが、この石巻市中央一丁目辺りでは犠牲になられたとの事でした。

「地震があったら津波がくるから日和山へ逃げろ」と皆、この辺の人は知っていて、お父様もご存知だったそうですが、何故かお父様は日和山へ逃げる事なくお亡くなりになられたそうです。

津波が引いた後、家が流されたこの場所にご遺体が戻って来ていたそうです。

それで、お父様のご供養の花火を、この失った実家跡から眺めようとご家族お揃いで花火を見守っておられました。

改めてご冥福をお祈りします。

とても気さくで素敵なご家族で、色々と石巻の歴史などから津波の模様などお話頂きました。

本当に有難うございました。

花火が始まる頃には、この場所に大勢の人が集い、供養花火に想いを託して、復興を誓って、明日に目を向けて立ち向かっているいしが感じられ、厳かな中に明日への希望を感じ、とても幸福な気持ちになりました。

どうか皆様、お元気で、健やかに素敵な人生をお過ごし下さい。

石巻の復興はようやく始まったばかりですが、石巻の、東北の皆様の、自分たちの町の賑わいを取り戻そうとする姿勢がとても伝わって来ます。

微力ながら、写真家である私は、私にできる事で石巻の皆様にご恩返しさせて頂きます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA