シャアとは何だったのか?【追記】

福井晴敏氏の脚本をノベライズした小説「機動戦士ガンダムNT(narrative)」と福井晴敏氏の脚本をコミック化した「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)虹に乗れなかった男〜ブライト・ノア ストーリー」を拝読し、TV「ユニコーン」もこれまで全話二度鑑賞してきました。

初代ガンダム本放送から今年で40周年。

その第一弾として「機動戦士ガンダムNT」劇場作が公開されていますが、今回の全てに共通する根源的な問いは唯一つ。

「シャアとは何だったのか」

初代ガンダム以前のシャアがシャアとして、赤い彗星となってゆく過程も描かれました。

リアルタイムでガンダムを、富野由悠季先生を追って来た私は、テレビアニメや劇場映画だけでなく、小説版の「ガンダム」シリーズも拝読して来ました。

初代ガンダム、Z、ZZ、逆襲のシャア、ハイストリーマー、閃光のハサウェイと来て、「ガイア・ギア」があったのですが、富野由悠季先生はこの「ガイア・ギア」を無かった事にしてしまいました。

内容は、シャアの遺伝子から作られた主人公ア・フランシ・シャアの冒険譚と言ったところです。

福井晴敏氏のUC計画に合わせて、「ガイア・ギア」をなくすことで、人工ニュータイプにシャアの意思を継がせ、「フル・フロンタル」と「ゾルタン・アッカネン」にシャアの意思を分裂させる事で、フル・フロンタル(英語で、「全裸」特に身体の前側が露出している状態を指す。これから転じて、「全面的な」「徹底的な」という意味でも使われる。by Wikipedia)がユニコーンの主人公バナージを導き、後を託す事で、シャアの純粋で理想を追い求めた部分を昇華させました。

そして、シャアの残忍で復讐のために手段を選ばない部分を「ゾルタン・アッカネン」に受け継がせる事で、シャアの復讐心をnarrativeの主人公三人(三位一体)の鏡像とする事で、悲哀と憎悪を相対化させ、昇華させてゆく。

「フェネクス」とはかつてシャアがクワトロと名乗ってエゥーゴに参加し、アムロやブライトと共に戦った際に搭乗した百式の進化形態だと確信。

利権や己の自己保身、権力欲しか考えないくだらないオールドタイプに愛想を尽かし復讐と救済を敢行したがアムロと対峙する事で二人の魂はララァに導かれて虹の彼方へと昇華されるはずでした。

しかし、人の可能性を示しても、利権や天下り、権力争いにしか目が向かない権力者への怨念が、残留思念となって、それを利用しようとする者も現れる。

いつの時代も同じですな。

そんな怨念の残留思念を昇華するために、次世代ニュータイプのリタとミシェルとヨナが三位一体となり、初代ニュータイプ世代の雄であるシャアの魂を、残留思念を成仏させ昇華させる過程を、輪廻転生の如く辿った悲劇を描いたものだと思います。

相対化。

福井晴敏氏の原作小説ではフル・フロンタルがこの二つの側面を徹底的に体現していたそうですが、あえて二つに分ける事で、引き受ける存在との相対化を明確にし、昇華することに成功したと感じます。

シャアの理想と復讐の王道を相対化し昇華する事で、次の100年を宇宙戦争時代として描くために、「人の革新」神話を神話として語らせたのだと感得しました。

リアルタイムで富野由悠季先生の作品や言動からニーチェの思想や有形無形のものを受け継いで来た我々は、ようやく「何か」から解放され魂の一部が昇華されたと確信出来ました。

それでも。

少しずつ、人の革新は進んでいるとしんじる今日この頃です。

詳しくは、下記サイトが詳しいです。

◉ピクシブ百科事典「フル・フロンタル」
https://dic.pixiv.net/a/フル・フロンタル

 

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