【読書】アッジェ写真集「巴黎」(リブロポート刊)

寝る前にラジオを聴きながら、アッジェ写真集「巴黎」(リブロポート刊)を観照。

いつ観ても、何度観ても、示唆に富んでいて、新たな発見があります。

「観て、観察して、考える」(アッジェ先生)

アッジェ先生が歩き回り、観て、考えて、観察して、凝視した果てに、<観る/観られる>の関係性が相互に干渉し、共鳴し、一体化しています。

古くから、様々な人々がアッジェの写真について、貴重な評論を遺しているので、言う事は言い尽くされているのですが、言葉にならない「何か」を共有している感覚が残ります。

犯行現場の様でもあり、

「かつて、そこに、在った」(ロラン・バルト)

何かが、何かの気配の重さと深さが、観照者に問いかけています。

事物と呼応し、共鳴し、一体化し、かつてそこに存在した事物の歴史や思い出や記憶をも感じ取りながら、焼き付ける。

無垢な媒介者による記憶の保全であり、同時に語り部でもあります。

そこには、観照者に固有の生のヴォイスが存在し、それを読み取り、聴き取る事が必要となる。

神経を研ぎ澄まし、注意深く集中力を高め、魂を削りながら、想像力を高めて行く。

ここかも知れない何処かへの入り口が、そこに、在る。

と感じます。

原点に回帰するのに大切な一冊です。

【読書】花代写真集「ベルリン」(月曜社刊)

花代さんの写真展を以前、南青山で拝見させて頂いた事があります。

とても親密で素敵な関係性の写真でありながら、自由で直感的なフレーミング、被写体と花代さんの感情がそのままシンクロし、共鳴し、一体化して写真を紡ぎあげている様な感覚です。

花代写真集「ベルリン」(月曜社刊)は、花代さんの生き様が詰まった世界観、人生観そのものです。

花代さんの文章で、花代さんが生きてきた人生のダイナミズムを感じ、その人生そのものがこの写真集「ベルリン」に凝縮されています。

花代さんが歩んできた道のりを想い、そこで見出した日常の中の大切でかけがえのない事物と溶け合い、共有された視線と眼差しによって掬い取られた写真たちで、花代さんの人生を追想させて頂くことで、まだ見ぬベルリンに想いを馳せ、天使の詩に耳を澄ませ、花代さんのこれからに幸がある様お祈りしています。

心が暖かくなり、キュンとし、切なさと儚さと同時に、世界にある愛の可能性を信じられる素敵な写真集です。

何度でも、捲って観照させて頂き、人生の深みを共有させて頂きたいと思います。

素敵な写真集ありがとうございます。

【融通無碍】徐々に運動再開と荒木経惟先生+荒木陽子さん写真集「東京は、秋」(筑摩書房刊)

昨日、篠宮クリニックさんで診察して頂き、強い筋肉注射を打って頂き、朝昼晩夕と4食納豆卵野菜炒め丼で栄養摂取し痛み止めの薬を飲み、湿布を8時間ごとに張り替え、安静に寝ていたお陰で、大分伊丹の閾値が下がり、可動範囲が増えてきました。

昨晩は、通常より1/3ですが、運動、ストレッチ、肩こり体操、腹筋背筋が出来ました。

朝目覚めて、暖房効いている中、お布団の中で、念入りにストレッチ。

ストレッチの後、荒木経惟先生+荒木陽子さん写真集「東京は、秋」(筑摩書房刊)を観照。

荒木経惟先生が中判カメラを担いで、新宿や東京を歩き回り、東京を観察し、一体化し、撮影した写真と、それに合わせて荒木経惟先生と故・荒木陽子さんが二人で写真を見ながら語り合っている文章で構成されています。

1984年に出版されたものの復刻版です。

まだ、病気の兆候もなくお元気だった陽子さんと荒木経惟先生の仲睦まじくも写真に対する鋭い指摘や、当時の光景、お二人の関係性などが写真集全体から醸し出されてます。

写真は1973年頃に撮影されたもので、私がまだ生まれたばかりの頃の東京。

今ではすっかり変わっていまった東京の記憶の記録であり、思い出の集積。

歴史の、人生の、生命の思い出が垣間見え、いろんな示唆に富んでいます。

二人三脚で、絶えず荒木先生と共に佇んでいる陽子さんの面影を感じます。

改めて荒木陽子さんのご冥福をお祈りします。

さて。2019年の東京は、春。

間も無く改元で時代が昭和から平成、平成から令和へと移ります。

世界中のあらゆる事物に、一区切りをつける兆候を感じます。

それでも、思い出や面影は消え去らない。

歴史と共に、生命の起源と共に、我々の一部として、絶えず我々の中に存在していると感じます。

【融通無碍】午睡で大分状態改善と荒木経惟先生写真集「東京は、秋」と

お昼に納豆卵野菜炒め丼で栄養摂取し、痛み止めなどの薬を飲み、安静に午睡していました。

腰も首も膝も大分改善に向かいつつあります。

今目が覚めたら、荒木経惟先生写真集「東京は、秋」が届きました。ヾ(´∀`*)ノ

名作で探してました。

ようやく届きました。

じっくりゆっくり何度も観照させて頂きます。

郵便配達員に苦情とリチャードアヴェドン写真集「nothing personal」

座薬を使って痛みを抑えつつ、副作用で寝ていたら、突然、ドアを激しくノックする音が。

名乗りもしない。

何とか痛みを堪えて起き上がり、玄関のドアを開けた所。

新しく変わった郵便配達員が、仏頂面で、「ポストに入らないから」と手に持っている郵便物やライトレターパックを強引に渡してきました。

「判子いるものは。。。」

と言いかけたら、ドアをどかっと閉めて、こちらの言い分も聞かずに去って行きました。

アパートに備え付けのポストはA4サイズは入らないので、そこの下に白い透明の箱を置き、

「大きい荷物は白い箱に入れて下さい」

と書いてあるし、これまでもそう伝え、数年間ずっとクロネコも郵便局もそうしてきてくれてました。

どうやら新しい配達人に情報共有されてない模様で、しかも、箱が見えるのに、目もくれず、部屋で腰から背中、首にかけて激しい痛みがあるので安静にしてる人を急かす様に、ドアをノックし、こちらが返事をしていて聞こえているのに、聞こえないふりをして「坂倉さん」と何度も呼び掛ける。

対応の悪さに、数年ぶりに、杉並郵便局に苦情の電話を入れました。

大きいサイズを入れる箱があって、この数年は郵便局員もクロネコも判子が不必要な郵便物はそこに入れてくれてます。

ぞんざいな態度で、箱にも目もくれず、こちらの言い分も聞かずに、去って行く。

郵便料金も値上げするし、配達員が面倒で、配達せずに捨てたり、横領したりといった事件も起きているのに、民営化してますます対応が悪いのです。

課長に電話し、苦情を伝え、配達した人を指導すると約束してくれました。

ふう。

こちらが筋筋膜性腰痛、首痛、膝痛で弱って座薬で安静にしてる時に限って。

あ。先週も同じことがあったのです。

だから余計にその事を伝えました。

で。届いたのは、どれも判子がいらないレターパックなどでした。

amazonからの中平卓馬先生の名著「なぜ、植物図鑑か」(ちくま学芸文庫刊)

と、

源喜堂さんからのリチャードアヴェドン写真集「nothing personal」ソフトカバー版でした。

リチャードアヴェドン写真集「nothing personal」は、以前は、ハードカバーのを所持して何度も見てました。

残念。

でも、ソフトカバーでも内容は同じ(サイズは小さいですが)なので、無問題。

中平卓馬先生の名著「なぜ、植物図鑑か」(ちくま学芸文庫刊)も、以前、毎日新聞社のところに存在したロイター=サン・テレフォトにてアルバイトしてた時、図書館で借りて精読しました。

その後も、一度購入してましたが、どちらもやんごとなき事情で手放していたのでした。

原点回帰。

森山大道先生と中平卓馬先生が若かりし頃、二人でリチャードアヴェドン写真集「nothing personal」を何度も何度も見て話し合ったと、森山大道先生の著書で知り、その光景を想像したりしました。

リチャードアヴェドン写真集「nothing personal」には、歴史の全てが宿ってます。

人間とは何かを考えるのに外せません。

ソフトカバーですが、何度も何度も観照し、人間とは何か、生命とは何か、存在とは何かなど、色々と沈思黙考し、血肉化したいと思います。

【読書】杉本博司先生写真集「SEA SCAPES」(青幻舎刊)と座薬追加

今朝は快晴ですが、風が冷たく真冬の寒気は居座り続けてます。

ストレッチして何とか動けたので、朝ご飯に納豆卵野菜炒め丼で栄養摂取し痛み止めの薬を飲み、アレルギーの点眼薬、花粉症の点鼻薬、薬飲み、篠宮クリニックさんへ。

リハビリ牽引療法も引っ張る力を下げて貰いました。

全身が痛いです。

診察して頂き、座薬を処方して頂きました。

強い筋肉注射を打って頂き、何とか帰宅。

明日は又、冷たい雨が降る予報で真冬並みの寒気の影響で、今晩また座薬を使うことになりそうです。

そんな訳で、お昼までの間に、杉本博司先生の名写真集「SEA SCAPES」(青幻舎刊)をば。

杉本博司先生写真集「SEA SCAPES」(青幻舎刊)は、何度見ても見る毎に新しい発見があります。

生命の起源を感じる写真であり、鈴木芳雄先生の仰る通り

「捲っても捲っても、海景」(鈴木芳雄先生)

です。

天と地を分かつ海と空。

その差異に、世界の全ての要素が内包されています。

そして、宇宙の創生から終わりまで、輪廻転生まで永劫回帰などすべての可能性をも内包してます。

まだまだ、私には、パッと見て、何処の海なのかは判断つきかねますが、その場所を眺め佇んでいる杉本博司先生の思考や思いなどを共有してる感覚があります。

見る度に、ここに込められたパーソナルなメッセージを受け取らせて頂いてます。

江の浦測候所にまだ伺えてないのが残念です。

必ず、江の浦測候所に伺わせて頂きます。

天地開闢の刻を想いながら、平成から令和への時代の流れを感じたいと想います。

【読書】佐内正史写真集「Trouble in Mind」(マッチアンドカンパニー刊)

個人的に、佐内正史さんの写真集で「生きている」と「Trouble in Mind」(マッチアンドカンパニー刊)が大好きです。

この2つだけ、何度もやんごとなき事情で手放しましたが、その度に取り戻しました。

佐内正史写真集「Trouble in Mind」(マッチアンドカンパニー刊)

佐内正史写真集「Trouble in Mind」(マッチアンドカンパニー刊)は最近取り戻しましたが、ソフトカバーと帯がありません。

。・゚・(ノД`)・゚・。

帯には森山大道先生が、

「この写真集は、もう一つの『写真よさようなら』である」

と書かれてます。

森山大道先生の仰る通り、佐内正史さんが「生きている」で行ってきた研ぎ澄まされた刹那さの集大成であり、この二つの写真集を見比べる事で、佐内正史さんが、どの様に自分を昇華し、進化させていったかが伺えます。

「生きている」に入っていた鳥が二羽舞っている写真が佐内正史写真集「Trouble in Mind」(マッチアンドカンパニー刊)にも入っていて、この色味に合わせて、この研ぎ澄まされた空気感、世界観を押し広げていった名作です。

頁を捲る度に、佐内正史さんが世界と対峙しケリをつけている様子が想像されます。

見るたびに新たな発見があり、私の中の何かを刺激して下さいます。

自分の信じた道を、信念を貫き通すその姿勢を、見習い、精進してまいります。

百年の樽本様、ありがとうございました。

大切に何度でも精読させて頂きます。

【読書】東松照明写真集「桜 ’66」(ブレーンセンター刊)

東松照明先生の作品はどれも大好きですが、東松照明写真集「桜 ’66」(ブレーンセンター刊)が一番大好きです。

東松照明先生と桜が一体化し、意思も思考も共有化され、彼岸と此岸の境界を越境し、観照者をそこに導いて下さいます。

つい手に取ってページを捲って、思考のマトリクスの彼方へと彷徨しています。

改めて、東松照明先生のご冥福をお祈りします。

東松照明先生の意思を受け継ぐべく、日々、精進して参ります。

【読書】coyote「特集 はじまりの島 ポリネシア、創世の旅をする」

高砂淳二先生のHPで、coyote「特集 はじまりの島 ポリネシア、創世の旅をする」の存在を知りました。

J-WAVEにて高砂淳二先生も登場し、ポリネシアの魅力について語られてました。

そのお話を伺い、これはcoyoteを買わねばと心に誓いようやく届きました。

早速拝読させて頂きました。

巻頭から高砂淳二先生の素晴らしい写真と高砂淳二先生の素敵な文章で、はじまりの島ポリネシアに心が飛んで行きました。

太古の昔、沈んでしまったと言われる大陸。

世界各地にその伝説が残されてますが、高砂淳二先生の文章で、色々と新たな発見が出来ました。

有難うございます。

これからも、何度もページを捲っては、創世の旅をしたいと思います。

有難うございます。

【読書】「町口覚1000」

発刊された時から、ずっと手に入れたいと思っていた「町口覚1000」をようやく入手出来ました。

「町口覚1000」

まるで、J・L・ゴダール監督の「映画史」の様に、引用、編集、再構成される事で、町口覚さんにとっての写真史が、外部記憶装置の様として出来上がっています。

「世界は引用で出来ている」とゴダール先生が仰っていた様に、写真を引用し、復元し、再構成、再編集する事で、新たな、町口覚さんによる写真史が組み上がっています。

様々な示唆に富んでいて、写真史をどの様に、どの角度から眺めるかで、写真史が歴史が、全く違う様相を呈するということを、改めて教えて下さってます。

町口覚さんが捉えた時代の、写真の歴史が、問いかけてくる何かに耳を澄ませ、神経を研ぎ澄まし、魂に直接訴えかけてくる危うい何かを感応する事が、とても心地良く、生命の歴史や、「存在とは別の仕方で存在する」何かについて、より研ぎ澄ませて感応し交響する事が出来ます。

なんども精読し、じっくりと、ここに収められ再構成、再編集された断片の集積の発するメッセージを受け取り受肉と出来るよう精進して参ります。

【読書】「日本カメラ」2019年4月号

本日、「日本カメラ」2019年4月号が到着しました。

ありがとうございます。

早速精読させて頂きました。

やはり今回も、瀬戸正人先生が執筆された渾身の「深瀬昌久伝」に感銘を受けました。

「売れない写真家」の系譜こそ、写真家の王道だと改めて痛感しました。

自分を信じ切る事。

それしか無いのだと、今回の瀬戸正人先生の深瀬先生を語りつつ自身をも語られている熱い文章に励まされました。

自分を信じ切る。

「才能とは夢を見続ける力の事ですよ」(鴻上尚史先生)

それしか無いのだと、改めて覚悟を決めました。

有難うございます。

【読書】尾仲浩二先生写真集「背高あわだち草」

低気圧の影響で、腰痛とひざ痛、首痛が激しいため、安静に寝て、コルセットに湿布と薬で凌ぎました。

朝起きてゴミ出し。

お布団に戻って、横向きに寝ながら、尾仲浩二先生の名著を精読させて頂く。

尾仲浩二先生写真集「背高あわだち草」

尾仲浩二先生の原点であり、その光景の前に佇みながらその情景に何かを見出している尾仲浩二先生の立ち姿が見えてきます。

人生とは終わりのない旅であり、1988年から91年の光景でありながら、現在、未来をも内包していて、どれだけ観ても、何度観ても、新たな発見があります。

森山大道先生、石内都先生東松照明先生から受け継がれてきた写真家の王道の意思を感じます。

その王道の意思を受け継げる様、日々、精進して参ります。

【読書】森山大道先生著『NAKAJI』(講談社刊)

歯磨きしたり、ちょっとした合間にも、いつでも、すっと魅入ってしまう名著です。

森山大道先生著『NAKAJI』(講談社刊)

安井仲治先生へのオマージュであった著書に名作を加えてマッチアンドカンパニーの町口覚さんが再編集して再構成した名著です。

名作は、どの様な媒介になっても、パーソナルなメッセージを確実に、届けて下さいます。

その典型的な名作の再編集です。

トイレでも、歯磨き途中でも、出掛けるバスの待ち時間でも、ちょっとした刹那に観照させて頂く事で、何かが、インフルエンサーとして、影響を与えてくれます。

私の中の何かが、感応し、交響し、倍音を奏で、私の中にある何かが覚醒するのを感じます。

どの頁から観ても、どの様に観照しても、何かを示唆し導いてくれる何かが媒介となって下さいます。

名著です。

森山大道先生の意思を受け継げる様精進します。

【読書】佐内正史写真集「生きている」

ふと思い立ったら、良く精読、観照させて頂く写真集。

佐内正史写真集「生きている」

町口覚さんと佐内正史さんが二人で練り上げ産み落とされた写真集。

これが佐内正史さんの原点であり、その後に芽吹く多様な要素がそこここに見出されます。

この写真集は復刻版で青幻舎さんが発行してます。

良く研ぎ澄まされたナイフのようであり、対照に全身全霊をもって向き合って交信し交感し感応し合ってます。

鑑賞者が隙を見せると、異次元に入り込んでしまいそうな、刹那の何かをそっと紡ぎ上げてます。

同年代として、とても刺激を受け、自分を律し、己の全身全霊をもって導かれた事物や対照と響きあいたいと、心を新たにするのでした。

一葉一葉の写真に、全身全霊を込め、一体の御仏を彫り上げる様に、精神を集中して望みたいと思います。

森山大道先生、2019年ハッセルブラッド賞 受賞おめでとうございます。

森山大道先生、2019年ハッセルブラッド賞 受賞おめでとうございます。

◉森山大道さんにハッセルブラッド国際写真賞(朝日新聞デジタル)

https://www.asahi.com/articles/ASM386X2QM38ULZU01C.html

2019年ハッセルブラッド賞 受賞者は 森山大道氏に 決定しました(CNET japan)

ハッセルブラッド財団 2019年03月08日 17時12分
From 共同通信PRワイヤー
 
2019年ハッセルブラッド賞 受賞者は 森山大道氏に 決定しました(共同通信)

ハッセルブラッド財団2019/3/8 17:12

https://kyodonewsprwire.jp/release/201903084046

◉本学客員教授 森山大道先生が2019年ハッセルブラッドアワードを受賞されました!(東京工芸大学)

本学客員教授 森山大道先生が2019年ハッセルブラッドアワードを受賞されました!

【哀悼】須田一成先生、ご逝去に際しお悔やみ申し上げます。

須田一成先生、ご逝去に際しお悔やみ申し上げます。

2019年3月7日午前6時20分頃、千葉市内の病院にてご逝去されたそうです。

2004年頃の2年間、須田塾に参加させて頂きました。

当時はカラーネガで撮影して同時プリントを毎回持っていき、須田一成先生に見て頂き、選ばれた写真を先生がその場で組み上げて並べて下さいました。

その手際の速さと、直観の大切さを教えて下さいました。

数年前、神保町でバッタリ須田一成先生に出会い、先生の構えるカメラに擦過され、そのまま先生は撮影を続けられていかれたのを覚えています。

写真家の生き様を背中で、全身で、見せて下さいました。

本当に有難うございました。

お悔やみ申し上げます。

訃報:須田一政氏が逝去されました(清里フォトアートミュージアム)

訃報:須田一政氏が逝去されました

◉「天井桟敷」カメラマン、写真家の須田一政さん死去(読売新聞)

https://www.yomiuri.co.jp/culture/20190307-OYT1T50160/?fbclid=IwAR1Qyti3GChMz1jqcsAyqO7kV7t-AtyH55EhE9ZNM30VmlSG8o2DK95B4ek

◉写真家・須田一政さん逝去 生前語っていた「いわゆる“家族写真”を撮ったことがない」(AERAdot)

https://dot.asahi.com/dot/photoarticle/2019030700040.html?page=1

◉写真家の須田一政さん死去(共同・LIVEDOOR)

http://news.livedoor.com/article/detail/16123756/

「日本カメラ」2019年3月号(日本カメラ社刊)

アマゾンで注文しても、予定日を超えても届かず、「発送が遅れてます」とメールだけ。

結局1週間待ってもまた遅れる気配濃厚だったので、去年の一件もあり(アマゾンが全面的に謝罪したけど民事訴訟手続をしようと思えば出来ますが)アマゾンとは縁切りをし、いつも購入させて頂いている近所のブックス オオトリさんで購入。

無事に手に入って良かったです。

「日本カメラ」2019年3月号(日本カメラ社刊)

やはり今回も瀬戸正人先生が追走されている「深瀬昌久伝」が一番心に沁みました。

深瀬昌久先生の佇まいや姿勢などが目に浮かぶような愛に溢れた素敵な描写で、深瀬昌久先生と瀬戸正人先生の関係性の深みが感じられます。

いつか一冊の本にして頂けると嬉しいです。

最近、瀬戸正人先生の名著「アジア家族物語〜トオイと正人」(角川ソフィア文庫刊)を取り戻しました。

やんごとなき事情で手放してしまいましたが、ようやく取り戻せました。

少し拝読させて頂きましたが、やはり情景が目に浮かぶ素敵な文章で、引き込まれました。

じっくり精読したいと思います。

【写真集】鈴木清写真展「百の階梯、千の来歴」

恩師である故鈴木清先生の写真展の図録。

鈴木清写真展「百の階梯、千の来歴」
お亡くなりになった後、東京国立近代美術館で回顧展的に開催されました。

過去に自費出版された写真集や写真展案を含め、手仕事でイメージを想像されてきた鈴木清先生の世界観を俯瞰する内容となってます。

この図録をめくる度に、鈴木清先生とのあれこれを思い出し、初めて「写真家」とはこういう人の事を言うのだと、背中で、その手仕事で、立ち居振る舞いで、教えて下さいました。

個人的には、研究科時代に、鈴木清先生が「デュラスの領土」のダミーを耐えず持ち歩いていて、日々、ダミーを更新し続けていたのを間近で見ることが出来、その写真に賭ける情熱や姿勢から多大な影響を受けました。

ありがとうございます。

その意思を受け継ぎ、一歩ずつ精進してまいります。

【写真集】小原里美さん「SWEDEN」

2011年11月に東日本大震災の復興を応援するグループ展に参加させて頂きました。

あの時は本当にありがとうございました。

その時の代表である小原里美さんの写真集「SWEDEN」です。

この写真集もまた、やんごとなき事情によりまして、何度も手放しては、取り戻しの繰り返しでした。

ご姉妹がSWEDENに嫁いでいらっしゃるそうで、定期的にスウェーデンに伺い撮り溜め、何度も写真展をし、満を持して写真集にされた傑作です。

ページを捲る度にまだ見ぬスウェーデンを心の中で旅をし、そこで出会ったあらゆる事物と心を交わし、追憶の中に小原里美さんのスウェーデンに対する愛情の眼差しを感じます。

観ていてスウェーデンの精神を感得出来ます。

今回、さるルートから入手でき、ようやく取り戻せました。

もう二度と写真集手放しません。

【写真集】FOIL No.1「no war」(川内倫子、奈良美智両氏)

やんごとなき事情により、何度も手放しては取り戻しての繰り返しでしたが、ようやく取り戻しました。

無事に郵便で到着。

ありがとうございます。

当時、リトル・モアの社長だった竹井正和社長が「自分が本当に作りたいものを」と、大きくなったリトル・モアで立ち上げた雑誌FOILの第1冊目。

その後、竹井正和社長はリトル・モアから分離してFOILを立ち上げ、現在に至ります。

その原点が詰まった、とても貴重なFOIL No.1「no war」(川内倫子、奈良美智両氏)

アフガンの惨状を耳にし、竹井社長が川内倫子さんと奈良美智先生をガードしながら、アフガンを巡り、アフガンの日常を、人間の心そのものを活写し絵に描き編集し、纏めた名作です。

悲惨さを切り取るのでもなく、戦場カメラマンの様な現場の実況でもなく、

ただ、アフガンの人々の日常を、アフガンの人々の心を、心の交感を通して感じ取ったアフガンそのものをこの一冊に纏められています。

苦しみや悲しみを誇張するのではなく、ありのままのアフガンに生きる人々の心そのものであり、我々と変わらない、日常を精一杯楽しんで生きている様が、お二人の目を通して体現された関係性があるがままに溢れてます。

低きに流れることなく、人の革新を、人と人が分かり合えるという精神を信じている人々によって紡ぎあげられた名著です。

じっくり堪能させていただきます。

写真関連書棚の引越し

ブログ類はこちらに統一することにしました。

ここには、写真関連の蔵書や好きな本をメモとともに記憶しておく本棚ということで、更新してゆく所存です。もう2度と手放さない、厳選された本だけを残しました。そしてこれからも厳選して本を購入させて頂く所存です。

2017年4月8日坂倉恒

2018年12月17日更新

◉ロバート・フランク先生『COME AGAIN!』(Steidl刊)

2011年頃、リトル・モアの加藤基先生に写真を見て頂きました。

その時、私の写真をじっくり見て頂いた後、ロバート・フランク先生の名著『come again』(Steidl刊)を紹介して下さいました。

当時、ロバート・フランク先生の他の名著はいくつか購入させて頂き、何度も観照させて頂いてましたが、この『come again』(Steidl刊)は未見で知りませんでした。

どの様な経緯でこの本をロバート・フランク先生が作られたか、どんな想いでこの本を作られたか。この本に何を託して出版したのか。

加藤基先生が色々とご教授して下さいました。

そこで、加藤基先生から有形無形にご教授頂き、私の写真作品をどの様に形にして、何を託すのか。

その形への仕方や、想いの託し方など、貴重で最も重要な事を意識的にも無意識的にもご教授頂きました。

本当にありがとうございます。

そこで、私が、これから発表するであろう作品の本質を、コツンと手探りで確信した鉱脈から、それを、歴史の、その場所に関わった多くの皆様、多くの生命、存在の意志を託すやり方を試行錯誤する方向へと舵を切りました。

そしてようやく、

「その時期が来た」

と感じます。

ここから試行錯誤しつつ、切実な、スピンの繋がりを意識しながら、時空と次元を超えて共鳴し倍音を奏でる何かの響きを、魂の叫びを、形にすべく精進して参ります。

まずは、このHPで試行錯誤しつつ、段階的に、形にして次代へ託せるものへと昇華出来るよう精進します。

Amazonの商品説明が、とても分かりやすいので、引用させて頂きます。

◉AmazonHP:https://www.amazon.co.jp/Robert-Frank-Come-Again/dp/3865212611

Robert Frank: Come Again (英語) ペーパーバック – 2006/11/15」

1991年11月、ロバート・フランクはレバノン内戦(1975-1990)で荒廃した市街の撮影を委嘱され、ベイルートへと赴いた。そこで彼が撮影した写真の多くは、行動を共にした5人の写真家の作品とともに、1992年にEditions du Cypres社が刊行した『Beirut City Centre』で発表された。その際に委嘱された仕事とは別に、フランクはベイルートとその周辺をポラロイド写真に収めていたのだが、帰国後、その写真はスタジオにしまいこまれたままになっていた。長い年月を経てようやく、フランクはふたたびその写真に注目する。そして、そのポラロイドを使って、スケッチブック1冊分のコラージュ作品を作り上げた。『Come Again』は、そのコラージュを複製した写真集。フランクは近年、ポラロイドにほぼ全精力を注ぎ、ポラロイド写真を使ったコラージュやアッサンブラージュの可能性を追求している。ポラロイド部分にのみワニスをかけ、4色のつや消しインクで印刷された縫製ソフトカバー仕立ての『Come Again』は、フランクの初期のポラロイド実験に光を当てた、まったく目新しいアーティストブックだ。

2018年12月4日更新

◉森山大道先生『NAKAJI』

暇があれば何度も何度も頁を捲って眺めてます。

最初からじっくりと観照することもあれば、ペラペラしながら、ふと目に留まった頁を開いて、じっくりと観照することもあります。

ここには、安井仲治先生への追憶と同時に、森山大道先生の世界へのオマージュでもあります。

世界の良い面も悪い面も全てひっくるめて受け止め、視て、観察して、考えている。

世界の成り立ちを。

世界の仕組みを。

己の来し方行く末を。

大道先生が問いかけた生命、万物への謎への探究心が、そこここから垣間見えます。

名作です。

この名作を観照させて頂く度に居住まいを正して、己を律して、自立し、自律して、世界と向き合って行こうと決意を新たに問い直すことが出来ます。

2018年7月3日更新

◉デジタル暗室関連の書籍を買い戻しました。

写真作家として、精進します。

2018年3月7日(水)更新

◉「ソニーの本屋 Reader Store」と鴻上尚史先生の名著『不死身の特攻兵』と

我が愛機・SONY DSC-RX100(コードネーム:百式)をマイソニーに登録していると、SONYさんから色々な情報をメールで送って頂けます。

先日3月3日のCP+2018の情報もそうでした。

そして本日は、「ソニーの本屋 Reader Store」について案内メールが到着しましたので早速、登録して使ってみました。

ページ捲りも俊敏で、 iPad Pro も iPhone7 もどちらでも読み易いです。

そこで、鴻上尚史先生の名著で15万部を突破したベストセラー『不死身の特攻兵』を購入しました。

本日も『鴻上尚史先生のオールナイトニッポン・プレミアム』を拝聴し、鴻上尚史先生の懐の深さを感じ入りました。

じっくりと味読させて頂きます。

2017年5月11日(木)更新

◉『大津波来襲・東日本大震災 ふるさと石巻の記憶〜空撮 3・11その前・その後』(三陸河北新報社刊)

月命日の今日、忘れてはいけない記憶として、このA3サイズの写真集を手の届くところに置いてます。何度も拝見し、その度ごとに胸が詰まる想いです。空撮で見ると、改めて津波の被害の甚大さと、人間の無力さ・儚さを痛感します。

熊本地震を始め、山火事や大火災も起き、鴨長明先生が『方丈記』に記事として書かれた時代と同じで、いろんなことが起こります。何があっても生き延びられる様、精神を鍛えて、邪悪な何かに近づかない様心掛けたいと思います。

2017年5月5日(金)更新

◉杉本博司先生の定本『歴史の歴史』(新素材研究所刊)

京都造形芸術大学・東京藝術学舎の短期講座『美術家・建築家・蒐集家・杉本博司先生』の授業にて、鈴木芳雄先生が、「この本は、杉本博司先生を知るための定本です」と話してらっしゃいました。

多くの著書や写真集が刊行されてますが、それらを加筆訂正増補などを行い、纏められ凝縮され決定的な内容となってます。

これまでの多くの著書を何度も拝読させていただき、写真集もいくつかじっくり観照させて頂き、いくつかの写真展にも伺わせて頂くことで、そして昨年の短期講座に参加させて頂いた事で、大分、杉本博司先生について、どこへ向かおうとしているのか、現在の立ち位置と方向性なども少しずつ深みを帯びて理解できました。

どの本を読んでも、この定本『歴史の歴史』に立ち還ります。

そして、杉本博司先生が予見した未来を、回避できる様、精進し、伝燈を受け継ぎ、自分なりの、「今、ここ」の切実さを付け加えて、次世代へと受け渡していける様、精進したいと思います。

2017年5月4日(木)更新

◉『北斎漫画』《1江戸百態篇》《2森羅万象篇》《3奇想天外篇》(青幻舎刊)

京都造形芸術大学・東京芸術学舎・外苑キャンパスの短期講座『日本人の好きなものは、全部浮世絵に書いてある』(全5回)の講義の予習として購入しました。浦上満先生が監修されており、執筆もされてます。とてもコンパクトですが、北斎先生が魂を吹き込み、生き生きとした人々が、まるで本当に、生きているかの様です。或いは、様々な妖怪や物の怪も、実際に存在していて、ある入り口を通過した妖怪などを目の前に見ているかの様に、魂が吹きこめられてます。

北斎先生の画力の凄まじさと、極地への飽く無き探究心と知的好奇心が感じられ、見返すたびに、謙虚で無知の知を知り、飽く無き探究心と知的好奇心を持って世界を眺めれば、その生き様こそが、表現する何かを呼び込み、降ってくるのだと、改めて確信し、襟を正し心を開いて、悪を退け、無我の境地へ行くのに必要なものだと確信してます。

2017年5月1日(月)更新

◉林綾野先生/絵:たんふるたん共著『ぼくはクロード・モネ』(講談社刊)

クロード・モネ先生の生涯をとても分かり易く、かつ奥深く、丁寧に現地の空気を吸い、モネ先生の生き様を感じ取り、その場所のアウラを纏った林綾乃先生の言霊がモネ先生の生き様を言葉にならない「何か」として、場のアウラをそのまま閉じ込めた様な素敵な絵本でした。

京都造形芸術大学・東京藝術学舎の短期講座で2度目の講義でした。改めて林綾乃先生の造詣の深さ、知識の豊富さ、バイタリティー溢れる様が感じられました。

素敵な本をありがとうございます。大人が読んで楽しい本は、子供は知らぬ間に感じ取って読んでしまうと思います。パーソナルな経験ですが。それでも、そういう子供はいつの時代も、一定数の割合で存在し、大人になっても無知の知を知り、だからこそ、もっと知りたいと、知的好奇心と探究心を持って大海原へと進んでいくのだと改めてこの本を読んで、思いました。

2017年4月30日(日)更新

◉飯村隆彦編/オノ・ヨーコ先生著『ただの私(あたし)』(講談社文庫刊)

小山登美夫ギャラリーさんに置いてあり、オススメだと感じ、書店で購入。オノ・ヨーコ先生がどのように生き延び、悪意の魔の手から逃れつつ、己の中にある切実な「何か」を形にして来たか。その戦いの記録であり、思い出の記録です。

名著です。これによって、オノ・ヨーコ先生が音楽もやっていたと知りました。

iTunesでオノ・ヨーコ先生の『Every Man Has a Woman Who Loves Him』を購入し拝聴してます。名曲です。

2017年4月29日(土)更新

◉矢代勝也著『岩佐又兵衛作品集〜MOA美術館所蔵全作品』(東京美術刊)

岩佐又兵衛先生の絵巻が全部掲載されていて、しかも重要な部分は拡大されてます。

  • 山中常盤物語絵巻
  • 浄瑠璃物語絵巻
  • 堀江物語絵巻
  • 故事人物画・物語絵

粗筋に解説、そしてそれぞれの場面の下にその場面のテロップ、詞書と、まるで映画やアニメを見てるかの様に絵巻が展開していく様が、ダイレクトに伝わります。

今まで、画集や初心者向け日本美術史とかで、一部だけを拝見したりしてましたが、やはり絵巻は全部通して見ることで、流れの中にある命を感じ取ることができます。

「至る所に命の流れを感じること」

読破した本に書かれてた大切な言葉ですが、とても大切なことを捉えてると思います。万物に神が宿る。その思想の根底にあるのが、この「至る所に命の流れをかんじること」なのだと確信してます。

岩佐又兵衛先生の生涯も詳しく書かれており、これ一冊で、岩佐又兵衛先生がどういう人柄で、これらの絵巻に、何を込めて、伝燈として受け継ぎ、受け渡してくださったのかが、感じられます。お勧めです。

2017年4月27日(木)更新

◉田中一光先生/小池一子先生共著『JAPANESE COLORING』(リブロ刊)

日本の色彩を、日本を象徴するモチーフや精神を視覚化したものの集合。

  • 紅白
  • 黄金
  • 多彩

と分けて、それぞれに相応しい、まだ日本に残る色彩の精神を具象化し、区分けし、命名されてます。

田中一光先生のエッセイ「赤に対する白と黒」も、小池一子先生の図版解説も、とても分かり易い言葉で、奥深い日本の色彩に対する精神性を炙り出してます。

そして、一倍最初にある芳賀徹先生のエッセイ『徳川日本の色とデザイン』がとても秀逸で、改めて日本人が色に託した精神性を和歌とともに掬い上げ、そこにある江戸好みや粋な身と心の振る舞い、「在るがまま」の具現化を試みた名エッセイです。

京都造形芸術大学・東京藝術学舎での短期講座「美術家・建築家・蒐集家・杉本博司先生」の講義で小池一子先生に薫陶を受けさせて頂きましたが、その前に予習としてこの本も見つけ、観照し熟読させて頂きました。

小池一子先生の根幹が、伝燈の中にある「粋」で「在るがまま」の精神性を受け継いで、そこに小池一子先生の生き様を付与し、次の世代である我々に受け渡して頂いた感覚があります。

小池一子先生から預かりました伝燈を咀嚼し、心の奥底の襞の隅々にまで浸透させ、阿頼耶識に種子として薫習し、そこから「今」を生きる切実な何かを、滲み出てくる何かを付与し、形にし、次の世代へとリレー出来る様、日々精進して参ります。

ありがとうございます。

2017年4月26日(水)更新

◉菅木志雄先生著『SITUATED LATENCY』(MO+/HeHe刊)

菅木志雄先生がMO+で個展をされた時の図録。HeHeさんが編集デザインされていて、とても素敵な図録となってます。

これまでの菅木志雄先生の軌跡を辿るために、魂の追憶をするために必携の一冊です。

菅木志雄先生の思案ノートも掲載されていて、菅木志雄先生の作品が、磁場のアウラが、そこに介入させた事物をどのように認識し、変容し、受け入れていくか。

その磁場の蠢く様の思念が垣間見られます。

菅木志雄先生の著書や作品集には、先生の論考が掲載されていて、とても奥深く、この、混迷のテロの時代に必要な論考だと確信してます。

我々は、世界中の我々は、磁場に現れる「何か」に混迷を極め、思い込みや勘違いを引き起こされていて、その結果、因縁や業因の種が芽生え、思惑や妄執に取り憑かれ、何が正しいのか、見えなくなっています。

その結果、今、極度の緊張感を孕んだ磁場のアウラが出現していて、バランスが、動的平衡が崩れかかっています。

菅木志雄先生の論考を、作品を、もう一度丁寧に観察し、そこに見出される発見とアウラの変容を見逃さない様にそっと掬い上げる様に世界をその眼差しで、天使の、無我の境地の眼差しで眺める事で、世界のバランスが回復していく様に思われます。

妄執を捨て去る事。それこそ白洲正子先生の「お能の本質」であり、そこでさっと断ち切れるかどうか。

芸術とは、知見であり予見でもあり、次元を超えた何かの存在と、菅木志雄先生はもうずっと以前から関わり合い、取っ組み合い、どう関係性を結べるか、試行錯誤されてこられました。

その軌跡を辿らせて頂く事で、「今」を生きる我々の切実な願いや思念を具現化する事で、バランスがとれ、センチネルとしての責務を果たせるのではないか、と感じてます。

それぞれの持ち場で、何をすべきか。

村上春樹先生がその著書に記してきました様に、もうすでに、今の時代は、「悪をなさない」だけではダメなのだと確信してます。どのように、センチネルとしてコミットし、それぞれの持ち場で浄化させ新生させられるか。

「存在とは別の仕方で」存在する何かとどのようにコミュニケーションを取れるか。

それほど、世界は逼迫し、切実さを、覚悟を必要としていると感じます。

2017年4月25日(火)更新

◉奈良美智先生/川内倫子さん/FOILさん共著『FOIL no war vol.1』(リトル・モア刊)

現FOILの竹井正和社長がリトル・モア時代に作った本です。ここからFOILという雑誌を刊行し続け、リトル・モアから分離・独立し、今に至ります。

リトル・モアが大きくなり、たくさんの、多様なニーズに応えるべく手広くなったことで、武井正和社長は、原点回帰を模索し、リトル・モアさんの中で『FOIL』という雑誌を立ち上げ、武井社長が本当に作りたい雑誌を目指し、『FOIL』と言うレーベルで刊行し続け、その後、『FOIL』と共に、武井正和社長は独立されました。

とても素敵な社長で、義理人情に深く、まるで江戸時代の蔦重こと蔦屋重三郎先生の再来のような人格と精神を持った方です。何度かお目にかかり、一度お酒を飲ませて頂き、写真を見て頂きました。

その『FOIL』の原点であるこのアフガニスタンを撮影し、絵を描いた、奈良美智先生と川内倫子さん、そしてガードマン役の武井正和社長の三人でアフガンを周り、撮影し描いた絵がとても素晴らしく、編集の中村水絵さん(現在、独立されてHeHeさんで頑張ってらっしゃいます)のコンビで、否、FOILの皆さん全員の力で出来たこの本はとても素晴らしく、アフガンの本当の姿を物語ってます。

武井正和社長の著書で知ったはずですが、当時のアフガンの首相(トップ)が日本へ来た時、この『FOIL no war』を見て、「これこそ、真のアフガンだ。」と絶賛されたそうです。

それくらい、アフガンの皆さんの日常に混ざり、交歓し、天才的な巫覡の才能を発揮されて写真を撮り、絵を描き、まさに日常の儚さとかけがえのなさ、そこに住む人々の本当の笑顔に悲しみに耐えてる姿、それでも必死で頑張ってる姿、そんなアウラを奈良美智先生と川内倫子さんは、掬い取り、アフガンの人々の精神を、アウラを、形にしたものです。

だからこそ、真っ先に、この『FOIL』さんの原点を真っ先に探しました。

しかしなかなか巡り逢えず、ようやく手元に戻って来てくれました。

とっても嬉しく、やはりこの原点を忘れてはいけないと、初心を思い出し、日々精進しているところです。

2017年4月24日(月)更新

◉野村恵子さん写真集『DEEP SOUTH』(リトル・モア刊)

以前も持っていて、一度手放すことになりましたが、なんとか手に入りました。

沖縄の写真集の中で群を抜いてこれが一番素敵です。

きっと、痛々しく、切実で、なんとか生き抜こうと踠いてる、「楽園を追われたもの」だけが分かる「何か」が潜んでいます。

それでも、生きていこうと、覚悟を決めた人のアウラと、その人々が見つけた空間のアウラが共鳴し、私の魂を揺さぶるのだと思います。

以前、写真展を見せて頂いた時や写真集を拝見させて頂いた時には分からなかったものが、見えなかったものが、「何か」の息遣いが、今ではとっても強く感じられます。

もし今、もう一度沖縄を訪れたら、沖縄の素敵な友人に、今逢ったら、全く違う沖縄が、目に見えない何かが、聞こえない響きが交響し、もう一つの入り口を抜けた沖縄に巡り逢えるかも知れません。

そしてrandomにiTunesを流していたら、沖縄に半年いた時によく聞いたMISIAさんの唄が聴こえてきました。(あの時はMDウォークマンに電池パックつけてたのを覚えてます)

世界は、すべて、必然に仕組まれている。

その仕組みを知る手がかりの1つに、この写真集があると感じます。

そして、今のところ、沖縄に私がもう一度訪れる可能性は極めて低いと感じてます。

「何か」が、過ぎ去ってしまったから。

北谷の夕日の見える堤防の上で、オリオンビールを飲みながら、草臥れた身体と首からぶら下げた埃にまみれたマミヤ6と、足元には漕ぎすぎて悲鳴をあげてる13インチの折り畳み自転車が、物言わぬまま私を守護してくれていたのだなと、感じます。

夕日の落ちる海の中からダイビングのレッスンをしていた人たちが帰り始め、そんな夕日の光景を見にやってきた観光客もちらほらと。

あの北谷の夕日の沈む堤防に置いてきた「何か」が、私を塞き止めているのです。

次のステップへ。

まだ見ぬ「ここではないどこかへ」あるいは「ここかも知れないどこかへ」。

そして「あなたでない誰かと」或いは「あなたかも知れない誰かと」。

2017年4月23日(日)更新

◉森山大道先生写真集『実験室からの眺め』(河出書房新社刊)

森山大道先生の聖地巡礼であると同時に、我々観照者もこの写真集を観照させて頂くことで、一緒に追想させて頂く、聖地巡礼の旅でもあります。

この写真集は、他の写真集とは次元が違い、伝燈を受け継ぐために必要な儀礼的祭祀であり、キリスト教で言う「洗礼」に近いと感じます。

「師を見るのではなく、師が見ているものを見よ」

と。昔の偉人が仰ってましたが、大道先生の眼差しを通して、「かつて、そこに、いた」ニエプス先生の魂を感じ、音霊言霊を感じ取り、阿頼耶識に種子を薫習すること。ニエプス先生の息遣いや思索、魂の揺らぎを感じ取ると同時に、大道先生が感じ取ったニエプス先生の魂の揺らぎをも追想させて頂くという、いわば、時空や次元を超えて入れ子の中で次元を超えて追憶・追想させて頂く写真集なのです。

大道先生の様に、ニエプス先生の写真を部屋に飾ることはまだ叶いませんが、その代わりに、この写真集によっていつでもニエプス先生と大道先生の問いかけを感じ取り追想させて頂けるのです。

本当に、森山大道先生、ありがとうございます。

2017年4月22日(土)更新

◉束芋さん横浜美術館の図録『断面の世代』(青幻舎刊)

束芋さんの横浜美術館で開催された個展の図録。

残念ながら横浜美術館での束芋さんの個展を拝見することは叶いませんでしたが、ギャラリー小柳さんでこの図録と束芋さんのバッグを購入させて頂きました。

以前、DVDを購入させて頂き、世界各地での束芋さんの個展の内容とドキュメントを拝見させて頂き、手で1コマずつ描く束芋さんのこだわりの映像の切実なリアリティが、私の魂と共鳴し交響しました。それ以来、束芋さんのファンであります。

この図録もとても素敵に構成されていて、横浜美術館での個展を彷彿とさせながら、束芋さんの作品集としてとても貴重なものだと確信してます。

また必ずや束芋さんの個展を拝見させて頂きに参ります。

2017年4月21日(金)更新

◉企画・監修:ショーン・レノン氏/絵・文:オノ・ヨーコ先生『見えない花』(CHIMERA LIBRARY刊)

オノ・ヨーコ先生が小さい頃に書いた絵と文を、ショーン・レノン氏が見つけ、企画・監修した名著です。

ショーン・レノン氏の「父と一緒にこの編集作業をしたかった」という言葉に胸が詰まります。

とても素敵なお話で、「大切なものは目に見えない」という重要なメッセージを頂けるだけでなく、この時、既にジョン・レノン先生の登場を予見していたかのようで、「巡り逢いというのは、最初から決まっている」と感じました。

「見えない花」探しに、日々精進したいと思います。

それはきっと、魂を磨き、心の眼でしか見えないものだと確信しました。

2017年4月21日(金)更新

◉鈴木理策先生写真集『KUMANO』(光琳社出版刊)

鈴木理策先生の代表作。ロラン・バルトが「東京の中心はvoidだ」と言った皇居から始まり、何かに導かれるように、何かの徴を探すかのように、そこここを、まるで巡礼をするかのように撮影し、実家の熊野まで巡礼し、熊野の祭祀に参加し、「何か」と交信する記憶の記録。

ご実家が熊野の神社であり、導かれるように、何かと交わりあい、交信し、祭祀の中に神話を見出してます。

名作です。

2017年4月20日(木)更新

◉高砂淳二先生写真集『ASTRA』(小学館刊)

石巻出身の自然写真家・高砂淳二先生の写真集。コニカミノルタプラザにて写真展をされていた時、ご本人にお目にかかり購入させて頂きました。

とても素敵な方で、写真に全てが現れていらっしゃいます。

水中写真家として独立されたら、水中には入れない病気になったとお聞きしました。

そこから自然写真家の第一人者にまでなられた高砂淳二先生の類稀な才能と、色々あったであろうご苦労を考えると頭が下がります。

星に手が届きそうなくらい、とても素敵な写真ばかりで、写真展も素敵でした。

高砂淳二先生に善きことがありますように念願しております。

2017年4月19日(水)更新

◉小原里美さん写真集『SWEDEN』(蒼穹舎刊)

小原里美さんが何度もスウェーデンへ趣き、撮影した写真集。

ご姉妹がスウェーデンでご結婚されたそうで、そのご家族や友人も撮影されています。

そういう経緯があるのも1つの一因かと思いますが、小原さんの人柄が、スウェーデンに受け入れられ、人物もランドスケープも動物も小原さんを受け入れ交信し合って撮影されてるかの如く、自然で素敵な写真です。

旅行者の通過する眼差しとも違う、スウェーデンに受け入れられた小原さんの、パーソナルな眼差しが、私を、観照者を、パーソナルなスウェーデンに連れて行って下さいます。

スウェーデンの光と風が、様々な声やノイズが、とてもパーソナルに包み込んでくれます。

20011年の時は、本当にお世話になりました。

ますます素敵に写真が磨かれて行ってる様に感じます。

2017年4月18日(火)更新

◉栗生田弓著『写真をアートにした男〜石原悦郎先生とツァイト・フォト・サロン〜』(小学館刊)

亡くなられた石原悦郎先生の生涯をご本人から直接お話を聴いたり友人知人にお話を聴いたりして書かれた本。

石原悦郎先生の豪快かつ繊細な生き様が、器の大きさが、改めてありありと感じられます。

若かりし飯沢耕太郎先生らがツァイト・フォト・サロンに集まり、夜遅くまで写真論を戦わせ、互いに切磋琢磨し、今日の飯沢耕太郎先生の礎を築かれた話や、写真家に旅をさせたり、海外へ行かせたりして写真が売れなくても、絵画の売買の利益でツァイト・フォト・サロンを存続させてきた話に、自分の利益ではなく、日本の、世界の写真界を背負って立つ写真家や評論家を育てるために、一生を捧げた、そんな生き様に改めて尊敬の眼差しと共に、遅れてきたエマージング・アーティストとして、無念な思いも残ります。

何度かお話させて頂いたこともあり、最後の方では「私はもう歳だからね。新しい人を大きくするには時間が足りない。タカ・イシイギャラリーさんとかに行くといいよ。」と色々とアドバイスもして頂きました。

そして、2011年11月の震災前の東北・東日本の写真で復興を祈るグループ展に参加させて頂き、その時、作成したDMを直接もらって頂き、アドバイスも貰いました。

もっと、たくさんお話したかったです。ずっと忘れず、石原悦郎先生の教訓を胸に刻んで生きていこうと思います。

石原悦郎先生、本当に有難うございました。ご冥福をお祈りしております。

2017年4月17日(月)更新

◉『フィンセント・ファン・ゴッホ〜没後100年大回顧展の記録』〈《素描篇》、《油彩篇》全2巻函入り(同朋舎出版刊)〉

フィンセント・ファン・ゴッホ先生の没後100年大回顧展の図録を古書で購入しました。函入りで素描篇と油彩篇に分かれていて、重厚な作りなのに、お値段がとてもリーズナブルでした。

素描篇に書かれている文を読み、フィンセント・ファン・ゴッホ先生が素描に命を賭けて取り組み、自在に、素早く描ける様になってから油彩を極めんとしたその心意気が引用されたフィンセント・ファン・ゴッホ先生の手紙から溢れています。

系統的に、体系的に、時系列に並べられていて、それぞれに解説も書かれていて、フィンセント・ファン・ゴッホ先生の手紙の引用もあり、フィンセント・ファン・ゴッホ先生がどんな生き様を描いてきたか、その人生の音霊が、交響し、私の魂にシンクロし調和し、倍音を奏で共鳴して行きます。

私の好きな芸術家は、皆、苦労を重ね、それでも何とか踏みとどまり、世界に絶望しつつも、絶望の中に希望を見出し、生きることの意味を問いかけ続け、センチネルとしての生き様を全うしている人々ばかりなのだと、改めて確信できました。

何よりも私の尊敬する芸術家がシンクロし合い、遠く隔てられているのに、影響を及ぼし合い、交響している様を感じ、それが私にも伝燈として響いてきます。

フィンセント・ファン・ゴッホ先生の見方が変わった素敵な没後100年大回顧展の記録。素敵です。何度でも頁を捲り、絶望の中にある希望を信じて、無根拠の根拠を信じて、信念を貫き通し、生き抜いてやるべきことをやっていこうと、心を新たにしました。日々精進して参ります。

2017年4月16日(日)更新

◉尾仲浩二先生著『背高あわだち草 復刻版』(KAIDO BOOKS 刊)

尾仲浩二先生のあの名作、『背高あわだち草』が復刻版として蘇り、とても嬉しいです。

やはり処女作には、その後の展開のすべての芽が宿っていて、そこから発芽して発展してゆくのだと痛感してます。

尾仲浩二先生の当時の想いやあれやこれやも、そこに吹く風の歌も聞こえて来ます。

お勧めです。

2017年4月14日(金)更新

◉飯沢耕太郎先生著『深読み! 日本写真の超名作100』(ピエ・ブックス刊)

帯文に書かれた通り、選び抜かれた、どの写真家も自分の道をとことん突き詰めた人の、その中からさらに厳選した作品の放つアウラと写真力。

同時に、飯沢耕太郎先生の言葉も、限られた文字数で、突き詰めて、極めた文章力と文脈に託された熱い想いが伝わって来ます。

これを読むと、日本写真の歴史が、分かります。

先日、飯沢耕太郎先生の講演でお聞きしたのですが、全3巻の『日本写真史』を纏めてる最中だそうです。飯沢耕太郎先生のこれまでの集大成として、とても素敵な日本写真史が出来ると信じてます。とても楽しみです。

2017年4月14日(金)更新

◉瀬戸正人先生の名写真集『binran』(リトル・モア刊)

瀬戸正人先生の代表作。台湾のあちこちに存在する「binran」を売る女性たちのポートレート。そこには、車でやって来て、彼女たちから「binran」を買う人々との思い出や関係性も、この一葉一葉の写真のそこここに、場のアウラとして、「そこに、かつて、存在した」何かが、アウラの様に醸し出されてます。

「binran」を売る女性たちの妖艶さは、その場のアウラを身に纏い、巫女的な、導き手のような、存在として、昇華されている気がします。

2017年4月13日(木)更新

◉佐内正史さん写真集『Trouble in Mind』(マッチアンドカンパニー刊)

「佐内正史さんの原点」帯文の言葉通り、ここが原点であり、ここに、全てが詰まってます。その後の佐内さんの展開や深みに向かう全ての根幹が、そこここに芽吹いています。

佐内さんの写真集はどれも好きですが、これと「エヴァ」が飛び抜けて好きです。

はい。これは取り戻しましたが、「エヴァ」はまだ無理です。

必ずや、マッチアンドカンパニーさんから、町口覚さんから買わせて頂きたいと思います。

何度見ても、その度に新たな発見があります。

町口覚さんとのコンビによって、佐内さんの良い所を引き出していて、

「写真集とは何か」

と言ったいろんなことを問いかけて下さってます。

これももう2度と手放しませんヾ(´∀`*)ノ

2017年4月12日(水)更新

◉ウジェーヌ・アッジェ先生写真集『巴黎』(リブロポート刊)

アッジェ先生の写真はいろんな言葉で形容されています。

「殺人現場のよう」「眼差しの記録」などなど。

アッジェ先生が、それまでの写真を変え、ものとの間の交信のような、ものに宿る魂や精神を、その場に潜む「何か」の気配を、「そこに、かつて、存在した」何かの精神と交流し、撮影をすることの意義を問いかけました。

そのためには、巫覡として「存在とは別の仕方で」存在する何かと交信するためには、純粋無垢な存在になる必要があります。

だからこそ、アッジェ先生は、「画家のための下絵写真」と言ってました。

アッジェ先生はずっと挫折の人生を歩み、いろんな夢を諦め、写真を撮ることで金を稼ぐ様になります。

巴黎が大胆に大改革する必要に迫られ、だからこそ、巴黎が、アッジェ先生を選び、撮影させた、とも言えます。

才能とはギフトであり、神の様な何かから付与され、突然降ってくるもの。

同じ様にやっても、ある線を越えることはできない。ルビコン川を渡りきる事が出来るのは、純粋無垢になった選ばれしホメロスの末裔だけなのです。

アッジェ先生が立てた三脚の位置に、身を置いて、往時を感じ取ることはできる。しかし、同じ写真は撮ることはできない。

アッジェ先生に与えられた、使命だったのだと、膨大な写真を拝見させて頂くことで、改めて確信します。

アッジェ先生は「見て、観察して、考える」と言葉を残しました。

見るには視る=神の視線を感じ取り、交信する意味もあると確信してます。

そして考えること。問いかけ続けることこそ、信仰の証なのです。

人間は、問いかけ続け、絶えず己の行為を内省し続ける必要があり、それができたものだけが、純粋無垢な存在へと、魂磨きすることで近付いてゆく。

もっと良い紙に、いい状態で印刷された写真集もありますが、私はこのリブロポート版の膨大な量のアッジェ先生の写真集が一番だと思います。

だからこそ、この写真集を見つけ、買い戻しました。

いつ見ても、絶えず、問いかけが始まり、己の無知さを知り、純粋無垢に近付かんための精進を惜しまず、自分に妥協せず邁進したいと思い襟を正すことになります。

2017年4月11日(火)更新

◉蜷川実花さん写真集『Self-image』(マッチアンドカンパニー刊)

マッチアンドカンパニーの町口覚さん造本の写真集。蜷川実花さんとは原美術館の図録でもやられてますし、『Plant a Tree』という写真集も大好きでした。

残念ながら、『Plant a Tree』は、まだ取り戻せていません。

この『セルフ・イメージ』はとても切ない。90年台前半から最近までのセルフイメージを集めた写真集で、蜷川実花さんが、どう、世界の悪意と闘い、苦悩し、傷つけられ、それでも前を向いて、生きて行こうと決めた、決意と覚悟を示した写真集でもあります。「世界の悪意」に真っ向から対峙し、傷つけられ、それでも自律し、自立してたち続けているその様が、私の心を揺さぶられ、私の心の奥底にある同じような心の痛みが共鳴し、倍音を奏で私の魂を遊離魂感覚でいろんな場所に飛ばしてくれ、いろんな経験をもたらしてくれます。

そして、「世間の悪意」と闘っているのは自分一人ではないのだと、勇気付けられます。

作家とコマーシャルの両方を選び、なんとかバランスを維持しておられますが、だからこそ、余計にマスとして目立ってしまい、マスに潜む悪意の餌食にされている。それを引き受けて、立ち続けてる蜷川実花さんにエールを送ります。

逃げても追ってくる「世間の嫉妬と嘘と悪意」に死ぬまで向き合い続け、表現していくこと。それしか我々に残された道はないのだと、はっきりと示してくれてます。

死ぬまで「祖国なき独立戦争」(©︎鴻上尚史先生)は続くのです。

2017年4月10日(月)更新

◉WILLIAM KLEIN写真集『KLEIN』(aperture刊・1981年)

森山大道先生が最もインパクトを受け、それ以後、クライン先生を目指して己の生きる道を模索し、独自の境地を築いていきました。

ウィリアム・クライン先生の写真は、私も大好きで、インパクトを受けてます。

しかし、ウィリアム・クライン先生の写真集「New York」も「ローマ」も「モスクワ」も「東京」も「パリ」どれも高価で手が出せませんでした。

しかし、2012年にクライン先生の写真集「William Klein Contacts」と、DVD「ポリー・マグーお前は誰だ? Qui êtes-vous, Polly Maggoo ? (1966)」、「ミスターフリーダム Mr. Freedom (1969)」、「 モデルカップル Le Couple témoin (1977)」、「 モード・イン・フランス Mode in France (1984) 」、「イン&アウト・オブ・ファッション In and Out of Fashion (1998)」を購入し何度も拝聴させて頂きました。

また、銀座メゾンエルメスにて「 モハメド・アリ/ザ・グレーテスト 1964-74 Muhammad Ali, the Greatest (1969)」も鑑賞させて頂きました。

クライン先生の発想は、とても斬新で、最先端すぎて、発表当時よりも21世紀の今の方が、より切実に、サンス・オプチュ(鈍い痛み)をジワジワと心の琴線に投げかけ、問いかけて下さいます。

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

楽園を追われ、何もかも失い、ようやく手にしたのが、今回の写真集WILLIAM KLEIN写真集『KLEIN』です。

いわば、いいとこ取りで、「New York」、「ローマ」、「モスクワ」、「東京」、「パリ」からセレクトした写真で構成されていて、クライン先生の軌跡を、生き様を追想することが出来ます。

クライン先生とも勝負できるくらいに、世界に爪痕を残さんと日々、精進して参ります。

2017年4月10日(月)更新

◉Richard Avedon and James Baldwin写真集
『nothing personal』(aperture刊・1964年)

若かりし森山大道先生と故・中平卓馬先生が二人で逗子の浜辺で眺めた青春の書だと知ってから、改めてこの本を取り戻しました。そのことを知らない時も、圧倒的な人間のパワー、意思、感情、そして愛情を感じてましたが、それに、若き森山大道先生と故・中平卓馬先生がこの本の頁を捲って熱く語ったであろう写真について、あれこれと想像してしまいます。白バックによる撮影から始まり、有名人から大統領、マルコムX、アメリカ最後の奴隷だった方の肖像など、そして最後に精神病棟の人々。。。

今、こうして全てを失いながらも生き延びた私には、アヴェドン先生がこの並びにした意味と情熱と意思と精神を強く認識し、想像します。

アヴェドン先生は一体どんな体験をし、生き延びたのか。

楽園を追われる前に見たときと、楽園を追われた後、生き延びて、「祖国なき独立戦争」(©︎鴻上尚史先生)を本気で始めた今では、この『nothing personal』の意味するところが大きく変わってより深く観照でき、深く理解でき、少しでも前よりアヴェドン先生の眼差しに近づけたと感じてます。

これもまた、2度と手放すことのない、大切な写真集です。

2017年4月9日(日)更新

◉森山大道先生写真集『写真よさようなら』(パワーショベル刊)

森山大道先生と言えば、この写真集を抜きに語れません。

そして身銭を切って手にしたものだけが、その写真集(あるいはCDやもの全て)に込められた精神的な何かを、命を賭けてその行為をされているものだけが持つ「何か」の極意を、味わうことができるのだと、気づかせて下さった写真集でもあります。

古い友人から一度贈られて見せて頂いた時と、その後、自分で買い直した時、そして、今三度身銭を切って買い戻した時では、写真集が語りかけてくるものの「何か」が、決定的に違う、という感覚を体感させて下さいました。

この写真集を、もう一度問い直し、解体し、己の中で血肉化して、再構築することから始まるのだと確信してます。

それでやっと、森山大道先生に、あの地点から見える景色を見る挑戦権をえられるのだとも確信してます。

震災前のデジタル写真のほとんどを失って、逆に良かったとも思ってます。

今撮っているデジタル写真は、全て、震災を経験した万物の教えに導かれて撮っているのだから。

森山大道先生、素敵な写真集を、極北まで私の魂を連れて行ってくださる写真集を残して下さり本当にありがとうございます。ここから始めます。

2017年4月9日(日)更新

◉Joel Meyerowitz先生写真集『Wild Flowers』(NYGS)

マッチアンドカンパニーの町口覚さんに教えて頂いた写真集。とても切なくメランコリックでありながらも一つの巨きな意思を感じます。

以前も教えて頂き購入させて頂いていたのですが、一度全てを失った時、手放してしまいました。もう2度と、手放さないと、心に誓ったのです。

私の根幹であり、ページを捲るたびに新たな発見があり、心が揺さぶられ、琴線に触れて遊離魂感覚を伴って、ナイアガラの滝の対岸から見たNYを思い、これまで出会い、別れてきた人々を思うのです。

町口覚さん、素敵な写真集を教えて下さり、ありがとうございます。

2017年4月9日(日)更新

◉杉本博司先生写真集『海景』(青幻舎刊)

杉本博司先生の代表作。しかも、全てが海景で海と空の地平線。

1つずつ丁寧に観照しながら、頁を捲っていくと、どんどん、太古の記憶の古層へと、深層意識の奥底で繋がっているのを感じます。

夜の海景もあり、様々な表情を持っていて、奥深さを感じ、自然と一体化する感覚を知覚し、人間の根源であり、内宇宙と外宇宙は一体であり個であり全なのだと痛感致します。お勧めです。

2017年4月8日(土)更新

◉坂倉恒写真集『hush-a-by 〜震災前の石巻の記憶〜』(私家版)
絶版しました

震災前の石巻の写真で構成された写真集。2012年7月31日と8月1日の石巻川開き祭りのイベントの1つとして、実行委員会の認可を受け、写真展をさせて頂きました。

その際、石巻の皆様に貰って頂こうと思い立ち、石巻で作り、貰って頂きました。

今も東京を始め、あちこちで、ぜひこの方に見て頂きたい、貰って頂きたいと思う方に貰って頂いてます。

不正のない公正な復興が石巻を始め東北の皆様の日常を取り戻す礎となりますよう、祈念致しております。

©️写真家・坂倉恒によって管理されています。

©️1995~2019 sakakura hisashi All rights reserved.

【No music, No life】JUN SKY WALKER(S)「START」

お元気ですか?

貴女に最後に逢ってから、あっという間に二十数年が経ちました。

写真学校の1年目修了展観に来てくれて有難うございました。とても、嬉しかったです。

貴女と一緒に歩いた柏尾川沿いの桜並木をよく想い出します。

1度目は夜桜で、貴女の親友の飲み会に出くわし、一杯だけ飲んだのを覚えてます。

2度目は貴女が辞めたのを知ってから。

貴女と一緒に働いていていつも上手く話せなかったのですが、あの時だけ、沢山、私が考えている事を、これからやりたい事を、お話し出来ました。

貴女にだけ写真家になりたいという夢を言う事が出来ました。

貴女が背中を押してくれたお陰で、私は今も、写真家です。

あれから色々あり何もかも失っても、写真家の魂だけは、詩人の魂だけは、ホメロスの末裔としての自覚と決意は失いませんでした。

そしてこれからも。

貴女の、あの時の言葉を、これからも忘れずに、一歩ずつ、精進していく所存です。

貴女と一緒に見た江ノ島の面影や、湘南の潮風、みなとみらいの古い観覧車、鼠の国のひと時、舞台で一緒に歌ったあの歌は、今でも私の背中を押してくれてます。

JUN SKY WALKER(S)の「START」を最近iTunesで購入し、本気で聴き込んでいます。

貴女が「この歌が好きなの。いつまでも覚えていてね」と言っていたのを一生忘れません。

あの時、貴女が、言った、あの一言の意味を、何度も何度も、考えています。

そして、貴女の沈黙の意味も。

私は、自分の事で手一杯で、あの時、貴女の言葉の意味を、考える余裕がありませんでした。

あの時の私は、あの素晴らしい時間がいつまでも永遠に続くものだと信じて疑いもしませんでした。

何も知らない世間知らずの「勇気のないライオン」は、貴女に、皆んなに支えられ保護されていたのだと気付くのに、二十数年かかりました。

研究発表のOHP担当してくれてありがとう。

貴女と一緒に、いつまでも歌を歌えなかった事が悔やまれます。

弟のような存在を超えられなかった「勇気のないライオン」は、いつも心の穴として、痛みをそこに感じ続けています。

次に巡り逢った時は、貴女と、一緒に、歌を、歌いたい。です。

私を導き、見守り、送り出してくれた貴女と。

貴女と同じ夢を見る事が出来たなら。

私の魂はいつでも貴女の面影を求めて彷徨っています。

きっと、それが、写真家の動機の一つになっています。

お体ご自愛下さい。

【読書】「日本カメラ2月号」

アマゾンより「日本カメラ2月号」が到着し、早速拝読しました。

表紙をめくって真っ先にある記事は、森山大道先生の勲章受賞記事。

森山大道先生、改めておめでとうございます。

同時に、復刻本が続々刊行されるとの事。

「写真よさようなら」も「光と影」も「狩人」も。

楽しみです。

何度も古書で購入し手放してしまったので、今度は新品。

森山大道先生ありがとうございます。

お小遣い貯めておかなければ。

大道先生も「カメラのないカメラマン」時代があったのだと、嬉しい話も載っておりました。

連載「深瀬昌久伝」ますます瀬戸正人先生の筆が冴えます。

助手として、間近で観て感じて来た瀬戸先生だからこその深瀬昌久先生の様々な表情や佇まいが感じられます。

「ラムダ」工場リポート記事のよかったです。

日本製を貫く職人さんの工場だったとは。

ラムダさんのカメラバックを何度も使わせて頂きましたが、本当に頑丈で、縫製もしっかりしていてお気に入りでした。初の沖縄に大きなバックパックのカメラバックを背負って、三脚とテント持って西表や島々を旅した記憶が蘇りました。

今回も読み応えがある内容でした。

ありがとうございます。

【欅坂46】「黒い羊」MV

欅坂46公式サイトで2月27日にリリースされるニューシングル「黒い羊」のMVが公開されていました。

◉欅坂46公式サイト:http://www.keyakizaka46.com/


今までのMVとコンセプトをガラッと変えて、1カット長回しによる演劇的、ミュージカル的な内容になってます。

観ていて自然と涙が溢れました。

21世紀に現れた「To-y」よ。

若しくは、21世紀に復活した尾崎豊よ。

我々のやり残した宿題を片付けるために、貴方はその役を敢えて選んだのか。

平手友梨奈さんの髪型が、ますます、「To-y」に、尾崎豊さんに、重なって視えます。

「良い眺めなんて、別に高い所に登らなくったって、見れんだぜ」

「こんな所が頂点なんてつまんないね。

こっから始めるよ。

今度は『To-y』じゃなく、藤井冬威でね。」

(上條淳士先生著「To-y]より)
「To-y」を観て、私は歌を諦め、詩人として、写真家として、生きて行こうと、決めました。
 
まさか、この時期に、私がこうなっている間に、もう、写真家として、詩人として、やるべき道を突き進むだけ。
 
という段階になって、平手友梨奈さんが欅坂46として出現して来ました。
 
丁度、日立で日立京浜専門学院の全日教育を受けている間に尾崎豊さんのラストコンサートがあって、尾崎豊さんが逝ってしまったように。
 
昨年、「To-y」がデビュー35周年で盛り上がっていたように。
 
色んなものがリンクしている。
 
そして、それぞれが、己の選んだ役割を、信念を持って全うして行く様に。
 
ある種の生き方を、長いものに巻かれる生き方が出来ない不器用な人間が生きて行く道は、どれを選んでも、険しく厳しい。
 
だからこそ、平手友梨奈さんが選んだ道を、尊重し、見守って行きたいと思います。
 
「死ぬまでヤングで行こうぜ、ブラザー」

(津野米咲さん「journey」より)

コニカミノルタプラザの皆様、ありがとうございました。

2017年1月23日に「コニカミノルタプラザ」の運営終了していたのを、今し方知りました。

◉コニカミノルタ公式サイト
https://www.konicaminolta.com/jp-ja/newsroom/2016/0831_01_01.html

2000年7月にはコニカ・フォトプレミオで個展『ハッシャ・バイ』をさせて頂き、

2009年5月には、新装されたコニカミノルタプラザさんにて個展『古巴肖像』をさせて頂きました。本当にありがとうございました。

長年の写真業界へのご貢献、本当にありがとうございました。

コニカミノルタプラザさんのお陰で、私も写真家としての第一歩を踏み出させて頂きました。

また、数々の素敵な写真展を開催して下さり、ありがとうございました。

コニカミノルタさんの業容転換による持続的成長が上手くいきます様念願しております。

『日本カメラ1月号』(日本カメラ社刊)

本日、近所のブックスオオトリさんで『日本カメラ1月号』(日本カメラ社刊)を購入しました。

今月号も読み応えたっぷりで堪能しました。

瀬戸正人先生が描く「深瀬昌久先生の情景」が今月号も心に突き刺さります。

そして、風間克美氏の「地方私鉄1960年代の回想」と復刻版「provoke」。

どちらも1960年代。

私の生まれる前であり、まだ、理想を共有することが出来ると信じられていた時代。

そして、理想が現実に敗れ去った時代。

高度経済成長と戦争特需に支えられた反戦運動と理想主義。

その反動が、個々人に対して

「どのように敗れ去ったか」

を今現在、問われている気がします。

復刻版「provoke」を2月の予算に計上し、待ちわびようと思います。

ゴドーを待つように。

屋根裏で待ち続けた赤毛のアンのように。

情報戦と目に見えない地球規模の覇権争いの先にあるのは、一体何なのか。

現在を生きている我々に問われているのは、情報とAIの特異点を彷徨うマトリクスの中で、

人間とは何なのか。

心とは何なのか。

人とAI、ゴーストを区別することは、我々には出来ない。

自己犠牲の精神に根差した、近松門左衛門先生の描き残した、洞窟壁画に遺された、目に見えない大切なものを保持し共有し探求し続ける好奇心を、どんな状況でも持ち続けるハードボイルドな精神なのだと、改めて確信した年末でした。

「どんな状況においても軽口とユーモアを忘れない精神」

をハードボイルドと言うと、鴻上尚史先生が仰られてました。

悪魔に魂は売らない。

何があっても、慈愛の精神と人間性を失わず、オートポイエーシスの綱渡を切れることなく渡り続けようと思います。

日本カメラさん、佐々木秀人編集長、来年も宜しくお願い致します。

武田花先生の連載も大好きです。

飯沢耕太郎先生の写真展・写真集評も刺激になります。

クイーンズ伊勢丹さんお薦めチリ産赤ワインで酔っ払った頭を白湯で冷ましつつ、

アレサ・フランクリンさんを偲んで拝聴して年末を過ごすのでした。

 

さて。本日の運動しようっと。

 

DSC-RX100を発注

本日、予算が通り、家賃を振り込み、auさんにも振り込み、そしてコジマネットさんにてSONY DSC-RX100を発注しました。

これで、SONY DSC-RX100は三代目となります。

昨年の12月3日に初代が。やんごとなき事情により手離して、7月に再度購入。8月に手離して、カメラの無い写真家として日々リハビリに精進して参りましたが、この度、ようやく発注できました。

朝7時の郵便局ATMオープンと共に駆け込み、振込を済ませ、お金を下ろし、au walletにチャージして(先月チャージして貯めていた分と合わせて)コジマネットさんで購入手続きをし、無事に引き落とし出来ました。

ソニー特約店だそうなので、2代目同様にM2の基板を使ったファームウェアver.2.00の機体が到着するものと確信しております。

この2ヶ月、価格コムの値段が乱高下していたので、ハラハラドキドキしながら見てましたが、妥当な値段で購入出来ました。

SONYさんはDSC-RX100シリーズ全て現役で出されてる所が好感持てて大好きです。

初代のDSC-RX100をないがしろにしない所に、「世界のSONY」のSONYたる所以なのだと感じます。

中学校の制服を購入した時に、貰ったウォークマンからSONYさんとの蜜月は長く、ラジオもラジカセもDVDポータブルプレイヤーも歴代のウォークマン(MDウォークマン)もSONYさんでした。

思えば、6年前の2012年12月26日、震災に遭われた石巻さんに恩返しさせて頂こうと持ち出しで写真展や写真集を作成し、石巻の皆様に貰って頂いたりしてきましたが、長年の疲労が溜まり、背骨が変形して尖って神経に刺さるという筋筋膜性腰痛、首痛、膝痛と重なり、カメラからパソコン、家電、冷蔵庫、家具から日用品まで売れるもの全て売り払い、家賃から光熱費まで滞納し、もうこれ以上無いくらいまでになって、福祉事務所に駆け込んだでから丸6年となりました。

良性の腫瘍も2つ見つかり、手術して頂き切除しました。

長いリハビリに耐えながら、治ったと思って早めに始動して、悪化しての繰り返しで、まずは完全に治すことに専念して来ました。

そして、地道にお金を貯めて、中古のiMacを導入し、そしてようやくDSC-RX100(コードネーム:百式)を取り戻す事が出来ました。

これもひとえに有形無形に見守って下さった皆様のお陰です。有難うございます。

石巻の皆様に恩返しさせて頂くために、ライフワークは欠かさず続け、必ずやご恩返しさせて頂く所存です。

ラジオ石巻の相澤雄一郎相談役を始め、ラジオ石巻の皆様、石巻商工会議所の後藤副会頭、高橋武徳専務理事を始めとする石巻商工会議所の皆様、河北新報社、三陸河北新報社の皆様、石巻市役所の皆様、石巻の皆様、森山大道先生を始めとする、大勢のお世話になった皆様に感謝の意を表します。

有難うございます。

来年は年男でもあり、飛躍の年となるよう精進します。

今後とも宜しくお願い致します。

TOP museum笠原美智子課長、ご栄転おめでとうございます。

TOP museum笠原美智子課長、ブリジストン美術館副館長へのご栄転おめでとうございます。

TOP museum時代には、写真集を貰って下さり、ありがとうございました。

そしてお話も伺えた上に、TOP museum(東京都写真美術館)の図書室に収蔵して頂きありがとうございました。

◉カレー沢薫先生による笠原課長肖像(©️カレー沢薫著「ニアイズ」)

腰の状態が良くなり、ポートフォリオが出来た際、またお伺いさせて頂こうと思ってました。

賀状を認めようとした際、ふと検索したくなり笠原課長を検索したところ、ブリジストン美術館の副館長にご栄転されたと知りました。

遅まきながら、御栄転おめでとうございます。

ますますのご活躍をお祈りしております。

笠原美智子先生の御本、また取り戻して再度拝読させて頂こうと思います。

今後とも宜しくお願い致します。

高みへと昇華するための代償

radikoのタイムフリーで、第二回『村上Radio』の再放送を拝聴しました。

放送の最後に、村上春樹先生が、スタンゲッツの言葉を引用しつつ、とても大切な事を話して下さっていました。

備忘録として、書きおこしておきます。

 

◉村上Radio公式HP:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/

『村上Radio』より〜スタンゲッツの言葉〜

「僕の中には強いバネのようなものがあって、
それが僕を無意識のうちに
パーフェクトな音楽の高みにまで跳ね飛ばしてくれるんだ。

そしてその高みの為に、
僕は人生の他の全てを犠牲にしてきた。」

美しい音楽は素晴らしいものだけど、
その達成の裏には、多くの場合、
崖っぷちでの危うい魂のせめぎ合いがあります。

アレサ・フランクリンの場合もそうだったけど、
音楽を音楽として楽しむと同時に、
僕らはその裏にあるもののことを忘れてはいけない。

 

 

とても素晴らしい言葉で、心の奥底にまで響き渡りました。

何かを志高く、誰も到達し得ない高みにまで昇華しようとするならば、代償として、それ以外のものを犠牲にする覚悟が必要なります。

誓約と制約

ある境地にまで到達する為には、一般の常識を逸脱し、ある種の決意と覚悟と勇気と愛を持って、あらゆる悪意やあらゆる誘惑やあらゆる嘘、あらゆる常識を乗り越えなければならないのだと、改めて確信しました。

高みへと登って行くために、音楽以外の全てを犠牲にしてきたスタンゲッツ先生とアレサ・フランクリン。

様々な道の達人は、孤独を恐れず、誘惑や嘘や偏見や常識に惑わされず、囚われず、思い込みを捨て、揺るぎない強い意志を持って、絶えず己の規範やルールを反証しつつ、「存在とは別の仕方で存在」する「何か」に導かれ、高みへと、ある種の極致へと到達する。

孤独を恐れず、悪を成さず、
求めるところは少なく、
林の中の象のように。(釈迦)

魂の揺るぎなきせめぎ合い。

オートポイエーシス。

バランスを取りながらも、心を失わず、己と妥協する事なく、精進して行くことしか無いのだと、改めて覚悟を決めました。

村上春樹先生の言葉には重みがあり、現場で身銭を切って、身を削って試行錯誤してきた人にしか発することのできないある種の「重み」「深み」があります。

第4回も楽しみです。

ロバート・フランク先生『come again』@Steidlと加藤基先生

2011年頃、リトル・モアの加藤基先生に写真を見て頂きました。

その時、私の写真をじっくり見て頂いた後、ロバート・フランク先生の名著『come again』(Steidl刊)を紹介して下さいました。

当時、ロバート・フランク先生の他の名著はいくつか購入させて頂き、何度も観照させて頂いてましたが、この『come again』(Steidl刊)は未見で知りませんでした。

どの様な経緯でこの本をロバート・フランク先生が作られたか、どんな想いでこの本を作られたか。この本に何を託して出版したのか。

加藤基先生が色々とご教授して下さいました。

そこで、加藤基先生から有形無形にご教授頂き、私の写真作品をどの様に形にして、何を託すのか。

その形への仕方や、想いの託し方など、貴重で最も重要な事を意識的にも無意識的にもご教授頂きました。

本当にありがとうございます。

そこで、私が、これから発表するであろう作品の本質を、コツンと手探りで確信した鉱脈から、それを、歴史の、その場所に関わった多くの皆様、多くの生命、存在の意志を託すやり方を試行錯誤する方向へと舵を切りました。

そしてようやく、

「その時期が来た」

と感じます。

ここから試行錯誤しつつ、切実な、スピンの繋がりを意識しながら、時空と次元を超えて共鳴し倍音を奏でる何かの響きを、魂の叫びを、形にすべく精進して参ります。

まずは、このHPで試行錯誤しつつ、段階的に、形にして次代へ託せるものへと昇華出来るよう精進します。

Amazonの商品説明が、とても分かりやすいので、引用させて頂きます。

◉AmazonHP:https://www.amazon.co.jp/Robert-Frank-Come-Again/dp/3865212611

Robert Frank: Come Again (英語) ペーパーバック – 2006/11/15」

1991年11月、ロバート・フランクはレバノン内戦(1975-1990)で荒廃した市街の撮影を委嘱され、ベイルートへと赴いた。そこで彼が撮影した写真の多くは、行動を共にした5人の写真家の作品とともに、1992年にEditions du Cypres社が刊行した『Beirut City Centre』で発表された。その際に委嘱された仕事とは別に、フランクはベイルートとその周辺をポラロイド写真に収めていたのだが、帰国後、その写真はスタジオにしまいこまれたままになっていた。長い年月を経てようやく、フランクはふたたびその写真に注目する。そして、そのポラロイドを使って、スケッチブック1冊分のコラージュ作品を作り上げた。『Come Again』は、そのコラージュを複製した写真集。フランクは近年、ポラロイドにほぼ全精力を注ぎ、ポラロイド写真を使ったコラージュやアッサンブラージュの可能性を追求している。ポラロイド部分にのみワニスをかけ、4色のつや消しインクで印刷された縫製ソフトカバー仕立ての『Come Again』は、フランクの初期のポラロイド実験に光を当てた、まったく目新しいアーティストブックだ。

 

デジタル庵室【追記】

腰痛と首痛、膝痛のリハビリをしつつ、寝ながらデジタル庵室作業をしています。日毎に寒くなるので、痛みが増します。天候や気温差、風、湿度など色々な要素によって痛み方が違います。

iMac(Mid,2011)のAirDropが、iPhone7やiPad Proと対応していないため、やや不便です。

そこで、iMacを使用してる間は、USB2.0ハブを通してiPad Proを繋いでおくことにしました。

AirDropの代わりに写真ソフトで吸い出すことで代用できます。iPhone7の写真はAirDropでiPad Proに送れば良いし。

Duet Displayは、iMac(Mid,2011)+High Sierra(10.13.6)の組み合わせだと不具合が生じてしまうので使ってません。

元々、macOS Sierraの時も、Duet Displayは使えはしましたが、画面サイズと解像度がおかしく、手動で暫定的に設定しなければならず使いづらかったのでした。最新のMacBook Air でもmacOS SierraでDuet Displayの不具合が生じてました。

iMac(Mid,2011)の画面サイズが21.5インチあるのでPhotoshopCS6も問題なく快適に使えます。

トラックパッドとキーボードがBluetoothなので使い易いです。

2011年〜2012年まで使っていたMac Proと同じキーボードとトラックパッドなので操作性に慣れていてトラックパッドがあれば、ワコムのペンタブレットが無くてもPhotoshopCS6の操作に支障がない事が判明しました。

RAMを8GBから20GBまでアップしたので、D3やD300SのRAWデータをスライドショーで1秒ごとに表示しても問題なく表示されます。

トラックパッドでの拡大縮小もスムーズにストレスなく行われるので感覚的に使えます。

昔、256MBのRAMを1万円以上で購入していた時代が懐かしいです。

graphic converter10で粗選りしてますが、ようやく2018年に入りました。

まずは、デジタルデータで生き残ったデータを整理して、必要なものをバックアップして、そこからセレクトして絞り込んで行きたいです。

フィルムスキャナーも取り戻して、データ化し、整理しないといけないのです。

2011年にデータ化したものがほとんど失ってしまったのです。

でも、これだけデジタルフィルムが生き残ってくれて良かったです。ヾ(´∀`*)ノ

中平卓馬先生がフィルムやプリントを焼いた時の気持ちが、少し分かります。

或いは、森山大道先生がスランプに陥った時期の気持ちが。

私はこの程度で良かったです。

否、まだまだこの先も幾多な不条理さや悪意に晒されると思いますが、それを乗り越える強い意志と勇気を手に入れたと確信しました。

小学生の時に「オズの魔法使い」をやった時、「勇気のないライオン」役を任命されました。

攻殻機動隊にも「オズの魔法使い」の話が出てきますが、そこには、脳のない案山子と、心のないブリキの木こりが登場してます。

あの攻殻機動隊の話は、とても見につまされます。

「役とは、その本人のコンプレックスの本質そのものである」

どうやら私は、中平卓馬先生や森山大道先生、谷川俊太郎先生、鴻上尚史先生、ダイアン・アーバス先生など多くの方々が陥った、追い込まれた「何か」と同じ様な不条理さや悪意に出くわした様です。

私の周りの大切な人々や大切な先輩、大切な友人知人も次々に追い込まれ、ある人は統合失調症になり、ある人は様々な病気を発症したりしました。

それで、2012年12月に生活保護を申請し何とか、失語症にもならず、統合失調症にもならず、拒食症にも癌にもならず腰痛と首痛、膝痛と良性の腫瘍(左肩と右脇)だけで済みました。

背骨が変形して神経に触るため痛みが生じますが、腹筋や背筋を鍛える事で閾値を上げ、痛みを抑えてゆくしかないと先生に言われました。

あ。緑内障疑いもありますが、定期的に視野検査をして頂いてます。アレルギーによる症状を緩和する目薬を使ってます。

何とかあの状況を切り抜けた今、「勇気のないライオン」は勇気を授けられたと確信してます。

私を導いて下さった素敵な皆様のお陰で、自己を喪失する事もなく、悪に染まる事もなく、これまでの自分を見つめ直して贖罪によって赦され、浄化され新生したようです。

以前より感覚が研ぎ澄まされ、善き人々に導かれた直観が私を善き方向へと導いてくれていると感じてます。

善き人々の皆様、有難うございます。

信念を曲げない勇気。

己に課した規範やモラル、正義、理念などを絶えず反証しつつ、偽の思考や嘘や悪意に汚染されず、甘い罠に引っ掛からず、真っ当に行きて行こうと思います。

あとは精進して、本物の素敵な人々とご縁を深めて、ライフワークを形にしていけるよう精進して参ります。

これからもよろしくお願い致します。