【映画】夏木マリ主演「生きる街」オフコメンタリー

2016年に石巻・鮎川で撮影され昨年公開されました夏木マリさん主演「生きる街」のDVD特典オフコメンタリーでも鑑賞しました。

オフコメンタリーは、映画を流しながら副音声で榊監督と主演の夏木マリさんが場面場面でいろんなコメントを入れてくださってます。

DVD映像特典は他にオフカットなどもありました。

DVDで鑑賞するときは、そう言うオフショットやオフコメンタリーも鑑賞できることで、監督や演者、スタッフの皆様のこだわりや願いが込められたものを再確認できます。

一度映画を見終えたら、トップページが出てきてセレクトできる仕組みになってました。

榊監督が現地で被災された皆様に寄り添っていろいろとリサーチされ、肝だと感じた部分をそのままあるがままに提出するよう心がけているのだと、改めて感じました。

撮影のちょっとした小話や、アドリブを役者に考えさせる監督の手腕に感嘆しました。

お勧めです。

改めて、東日本大地震で亡くなられた皆様のご冥福をお祈りします。

東日本大震災で被災された皆様の心の復興をお祈りしてます。

【映画】夏木マリ主演「生きる街」

先週の金曜日(3月1日)、ラジオ石巻さんの生放送番組を拝聴していましたら、パーソナリテイの松浦佳奈さんが夏木マリさん主演の「生きる街」と言う映画がDVDになって3月2日に発売されるとお話しされていました。

石巻・鮎川を舞台に震災後を生きる人々の生き様を描いた名作で、昨年の3月11日には石巻で舞台挨拶もされていたそうです。

その場で、ネットでポチッと購入ボタンを押しました。

松浦佳奈さん、貴重なお話ありがとうございます。

本日、無事に届き早速DVDを観賞しました。

突然襲った天変地異。あるいは事件・事故。

その衝撃の凄まじさから立ち直るには時間がかかります。

生き延びた人々は、それぞれの痛みを抱えながら、葛藤し、模索し、何かを待ち、死者や面影を想いながら、今を生きる。

「存在とは別の仕方で存在」する何かに導かれ、然るべき刻に、それぞれが感応し合って交感し、それぞれがあるがままを受け入れ、乗り越えてゆく。

ドラマツルギーとは、目に見えない何かが、マクガフィンを媒介として魂の交感を行う事で人間的により深みを獲得するその様そのものとも言えます。

何も無い街。復興途中の街。

その狭間で生き残った人々は死者や様々な面影を背負って生きている。

背負ったものに耐えきれず悲鳴をあげ始めた時、見えない力に導かれて、それぞれがそれぞれの心の痛みを共有しあい交感することで、人間性を深め、逞しく進化してゆく。

それが生き延びた者の責任であり、死者や失われたものから受け取ったバトンを次代へと受け継ぐ事であり、失われし事物の魂を記憶し続ける事でもあると感じます。

涙なしには観られませんでした。

とても名作で感激しました。

素敵な映画を紹介して下さってありがとう御座います。

3月11日に石巻へ行く前に見る事が出来て良かったです。

我々はあらゆるものと目に見えない何かで繋がっている。

また一段階、マトリクスが複雑に高次元になったと感得しました。

腰と膝の痛みで安静と王家衛監督「花様年華」

この寒波と気圧の変化、トイレ周りの寒さなどで腰と膝の痛みが激しく、飲みすぐりと湿布、強い筋肉注射、座薬を投入し安静。

本日は雪が舞い、ますます腰と膝の痛みが激しく、暖房を付けて、お布団の中で仰向けで寝ていても、寝返りを打っても、横伏せに寝ていても、痛みが激しかったです。

明日から気温が上がる予報なので、なんとか今晩乗り切りたいと思います。

昼間も眠っても痛みで眠れず、寝ては痛みで起きての繰り返しで昨日から丸二日安静に寝っぱなしでした。

途中で、もう何度も観ている王家衛監督の「花様年華」を鑑賞しました。

何度観ても、名作は色褪せないです。

iPad Proでお布団の中で横向きに寝ながら、寝返りを打ちつつ、鑑賞。

うつ伏せは腰に負担かかるけど、仰向け寝や横伏せ寝が腰痛の時に有効だと、篠宮院長先生に頂いた腰痛のパンフレットに描かれていたので、だいたいそうやって、腰への負担を無くしております。

 

時は移ろい

あの頃の名残は何もなかった。

男は過ぎ去った年月を

思い起こす

埃で汚れた

ガラス越しに見るかのように

過去は見るだけで

触れることはできない

見える物は全て

幻のように ぼんやりと…

王家衛監督「花様年華」より

未来を見る事が出来ないけど、過去を思い出として見る事は出来る。

人間が人間として生きていくために必要なもの。

心を暖め、異化効果を発揮し、次へのステップの原動力となります。

詩や写真、和歌や俳句などは、あるがままの全てを1つに込めて託す。

思い出も、面影も、仮説も可能性も反証も。

失って初めて、人は、ささやかな日常の中に、自分の本当に大切なものがあったのだ、と、気付く。

改めて、再始動へ向けて、精進します。

王家衛監督『花様年華』

久し振りにワインを飲みつつ、何度目かの観照。

何度観ても新たな発見があり、問いかけがあり、新たな解釈や視点が新たな謎を、問いかけを呼び込んでくれます。

1969年代の香港に拘ってきた王家衛監督の一つの到達点。

王家衛監督の生きて来た道のりと、その過程で辿り着いた様々な人生観が全て詰まっています。

それはパーソナルであるが故に普遍的なものとなり昇華される。

まだ見ぬ60年代の香港を想い、どんよりとしたロンドンの情景を想い、関門海峡に置いてきた「何か」を想う。

村上春樹先生の短編小説『中国行きのスロウ・ボート』を想い、湘南で見失った「何か」を憂う。

振り向くと、遠くまで歩いて来たのだと、其処此処に自分の何かを置いて来ていたのだと、痛感させられる。そんな映画でした。

沖縄の潮風を想い、台湾の裏道を想い、刻の移ろいを想う。

この映画を鑑賞しますと、

「まだだ。まだ終わらんよ」

と心の襟を正して、もう一度ギアを入れ直すことが出来ます。

「音楽は止んだ。でもメロディーがまだ響いている。」
(村上春樹先生著『羊をめぐる冒険』)

『攻殻機動隊 stand alone complex』シーズン1、2を観照

auビデオパスで以前一気見していましたが、DVDセットを購入し、ようやく最後までじっくり拝見できました。

フランス語版でしたが、シーズン2はバンダイが入っていて、英語も追加されてました。

シーズン1では毎回、言語を選択し、字幕をオフにしなくてはいけませんでしたが、シーズン2はDVD毎に設定すればいい様にキャッシュに残ってました。

iMac(Mid,2011)の21.5インチ画面一杯に映る映像は迫力満点でした。

iPad Proだと上下が余黒になってしまい残念です。

押井守先生が関わる作品全てに共通するものとして、

「状況を想定し、状況を作り上げる模倣者を創造する媒介者の創造」という思想の一貫性を改めて痛感しました。

攻殻機動隊、劇場版、イノセンス、パトレイバーシリーズ、劇場版どれもが、状況の悪化を作り上げるために、媒介者が因子を発現し、模倣者と創造者が転倒し、倒錯し、状況を悪化させ、その帰結は各々のスタンドプレーの優劣が結果の帰結を左右する。

しかし、最終的に、さらにその背後に潜む、大きな、宇宙の意志のような「何か」によって、事実は意味を失い、忘却の彼方へと彷徨い、歴史は、もっとも都合のいい真実を選び取る。

歴史は繰り返す。

過ちも繰り返す。

永劫回帰。

攻殻機動隊のまとめサイトのリンクと、一部を引用します。

今起きている現状が状況の悪化を作り上げている様が、まさに「現実はフィクションを模倣する」ようです。

◉CMSB「第23話 橋が落ちる日 MARTIAL LAW」:http://ajatt.com/gits/02_gs/04_sac2/23_martial_law.html

水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる。

洋輔「自分の義務と権利を秤にかけて権利に先に錘を乗せなくば、社会の規則に従いしも自身を失う事無し。」
クゼ「はい。その普遍的な思想がとても口当たりの良い物に感じられました。しかしその難民も、一度ネットを介しヒエラルキーの上層の存在を知ると、その事を忘れ皆低きに流れていってしまう。力を持てばそれを誇示したくなる。武器を持てば一度は使ってみたくなるのと同様に。」
洋輔「それが分かっていて何故事態をここ迄引っ張った?革命等と言う世迷い事が簡単に成就出来ると本気で考えていたのか?」
クゼ「いいえ。俺の考える革命はもう少し先にある。今はその革命のゴールである上部構造に人々を向かわせる為の前段階だと考えています。」
洋輔「上部構造?それはヒエラルキーとは違うのか?」
クゼ「ええ、違います。今この地上を覆い尽くさんとしているネットワークは、既に下部構造と化し本来の目的を終え別儀を創造している。そこからは不可分ながら土台たる下部構造に対し確実に新義ある反作用を及ぼす存在となり上部構造へとシフトする。それが俺の考える革命の定義です。」
洋輔「よくは分からんが、それを難民と共有する事は出来るのかね?」
クゼ「潜在的には共有している筈ですが、具体的にはまだ。」
洋輔「儂も他人への興味から野に下った人間だ。その老いぼれから一言言わせて貰うなら、今は理想より現実を優先するべきだ。お前ならまだこの事態を止められる。」

草薙「クゼ。お前は何故難民のリーダーになった?そもそも、ウイルスによる思想誘導からどうやって抜け出した?」
クゼ「俺は元々難民を解放しようと言う目的があった。その為個別の十一人が発症した訳だが、奴等と行動を共にした時思想の差異に気付いた。ウイルスが分離出来たのもその為だろう。」
草薙「では何故難民の解放を?ユーラシアを彷徨った様だが、それと関係があるのか?」
クゼ「それは・・・直接関係無い。大陸を旅したのは自分の動機を再確認する時間が欲しかっただけだ。俺がイメージする革命、解放を実行する事が出来るのかをな。」
草薙「お前の言う革命とは何だ?」
クゼ「人の、上部構造への移行。硬化したシステムを捨て、人とネットとが融合すると言う事だ。」
草薙「ネットと融合するだと?」
クゼ「俺は半島での出来事で人生を達観した。矛盾した秩序、強者による搾取、腐敗した構造。だが俺を最もがっかりさせたのは人々の無責任さだった。自分では何も生み出す事無く何も理解していないのに、自分にとって都合の良い情報を見つけると一早くそれを取り込み踊らされてしまう集団。ネットと言うインフラを食いつぶす動機無き行為が、どんな無責任な結果をもたらそうとも何の責任も感じない者達。俺の革命とはそういった人間への復讐でもある。」
草薙「復讐?」
クゼ「俺は子供の頃から全身義体だった為に心と体の不一致を絶えず感じていた。出来る事なら不自由な体を捨て、ネットの海へ漕ぎ出したいと考えていた。そんな俺にアジア難民達は少なからず生きる希望を与えてくれた。彼等は俺の作り物の顔をとてもいい顔だと言い、ゴーストが顔に現れているのだと褒めてくれた。俺はその時初めて肉体と精神は不可分な存在なのではないかと実感し、自分も肉体を持つ人間なのだと思う事が出来た。だが、そんな彼等も一度口当たりの良い情報に出会うと、やはり都合の良い方向へと簡単に流れていってしまう。人間は元々低きに流れる様に出来ている物らしい。」
草薙「で、復讐をどう果たすつもりだ?」
クゼ「俺に結線している者の記憶とゴーストをネット上に運び去る。核が投下されればそれで彼等も肉体を喪失するが強制的な進化を遂げる可能性が手に入る。」
草薙「彼等がネット上で個を特定し続けられる可能性は?」
クゼ「それは分からない。だが先駆者として下部構造に残った人間に対し絶えず上部構造を意識させ、啓発していく存在にはなれるだろう。太古の昔人類が霊的な存在に対し尊敬や畏怖を感じてきた様にな。」
草薙「それがお前を落胆させた者達への復讐と救済か?」
クゼ「俺は革命と信じているがな。お前も見た所全身義体の様だな。なら肉体と精神の不一致と言う疑心暗鬼に悩まされた経験は少なくはあるまい。どうだ、俺と一緒に来るか?」
草薙「難民は、行くつもりなのか?」
クゼ「ああ。残念ながらな。彼等の多くは核による自爆テロと言うシナリオを実践する事の方を望んでいる。自分達は負けなかったと思い込みたいんだろう。それもまた低きに流れる行為だと言うのに・・・」
草薙「そうか。」
クゼ「お前も孤独を生き延びた人間らしいな。名は?聞いていなかったが、何と?」
草薙「忘れた。偽名はあるがな。それはお前も一緒だろ?」
クゼ「そうだな。いくつかの名を難民から貰った。俺は彼等を救うつもりで行動を共にしていたが、本当は孤独を埋めたくて一緒に居ただけなのかもしれん。」
草薙「だが、結局は埋まらなかった。頼られる事はあっても頼る事は出来なかった。」
クゼ「お前には、心を許せる誰かがいるか?」
草薙「いなくはない。」
クゼ「そうか。俺は、ずっと探している。」
サトウ「それは何かね?」
クゼ「鶴・・・だ・・・」
サトウ「鶴?ふーむ、にしてもよく効くな、このマイクロマシン。苦しまずに死ねるよ。君はとても興味深い人物だが、我々にとっては危険な因子だ。貴国にはコントロール出来ないカリスマ指導者は要らない。従順な消費者が居ればそれで良い。」
クゼ「先に・・・行くぞ・・・」

欅坂46「平手友梨奈さんダンス活動休止」

欅坂46の公式HPで平手友梨奈さんのダンスなどの活動休止が発表されました。

◉欅坂46公式HP:http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/news/detail/O00135?ima=0000

これまでも何度か活動休止されていて、ライブ中にステージから転落して救急搬送されたりと、平手友梨奈さんの体調を含め心配です。

役やパフォーマンスに憑依的に入り込み圧倒的なパフォーマンスを発揮する平手友梨奈さん。

その代償として、多くの憑依的な役者や芸術家の例に漏れず、不安定になる脆さがあります。

まだ17歳なのに、欅坂46だけでなく、AKB、坂道グループを背負って、秋元康先生のグループを牽引している。

そのプレッシャーが、有形無形に平手友梨奈さんにのしかかって来ている。

そう感じます。

周りの大人が、気を配って、平手友梨奈さんを守ってあげられる様な環境を望みます。

今年の主演映画『響』も拝見し、以前のブログに書いたのですが、原作からプロット、プロットからシナリオ、シナリオから映画にするところで、大切な「何か」が抜け落ちてしまった印象を得ました。

それが、平手友梨奈さんがオールナイトニッポンやスクールオブロックでの映画番宣の時の発言の重たさに現れていたと感じます。

秋元康先生が作曲した平手友梨奈さんのソロ曲『角を曲がる』が最後のエンドロールで流れた事で、映画の、響の、平手友梨奈さんの「何か」が引き留められ、完成度があげられた様に感じます。

平手友梨奈さんが響と一体化し「角を曲がる」という曲によって昇華された。それによってこの映画「響」は救われた。そう感じます。

iTunesで欅坂46の音楽やMVを購入し拝聴してますが、そのパフォーマンスの完成度の高さと、そのパフォーマンスを最も発現しその世界観を全て背負って観るものに「何か」を伝える表現者の一線を超えてある領域、高みにまで到達していると感得しました。

平手友梨奈さんよ、何処へ行く。

私に出来る事は、見守り、間違った方向に進まない様に、だれかの思惑に乗せられたりしない様に、自分の生き方を生き続け、表現し続け、生き続けて欲しいと祈るばかりです。

【追悼】石巻・日活パール劇場支配人清野氏

デジタル庵室で石巻の写真を整理していましたら、震災後の石巻・日活パール劇場の写真が出てきました。

PhotoshopCS6で調整していた時、ふと、日活パール劇場について検索したくなり、検索したところ昨年(2017年)に日活パール劇場支配人の清野氏がお亡くなりになられていた事を知りました。

改めてご冥福をお祈りします。

石巻かほくさんの記事が出て来たので、故人を偲んでリンクし、一部引用させて頂きます。

◉石巻かほく「石巻・日活パール劇場支配人の清野さん逝く 興行一筋60年」

HP:http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2017/08/20170820t13003.htm

 60年にわたって映画館を経営した日活パール劇場(石巻市中央1丁目)の支配人、清野太兵衛さんが5日、心不全のため亡くなった。90歳だった。

 日活の娯楽作品で市民を楽しませ、映画が斜陽になっても成人映画に活路を見いだした。シネコン時代になると地方から個人館が消えていく中、県内唯一の個人館として最後の砦のように奮闘、東日本大震災の津波さえ乗り越えた。

 最後に取材でお会いしたのは昨年7月。天井近い箇所に津波の高さが記されていた。2メートル50センチとあった。「被災から3カ月後には再開したよ。常連の人たちの社交の場だからね」。興行主の意地と誇りを垣間見た。

攻殻機動隊 stand alone complex season1

購入したDVDで『攻殻機動隊 stand alone complex season1』を観照。

フランス語と日本語が入っているDVDコンプリート版でiMac(Mid,2011)のsuperdriveで拝見しました。

21.5インチ画面一杯で視るのと、iPad Proの画面では大違いです。

auビデオパスでiPad Proで視聴した時は、iPad Proの画面の上下が更に削られてました。

個人的な見解ですが、auビデオパスを始め、月額制のプランは、レンタルと同じだと思ってます。

何度も見返す場合は、やはりDVDや本、iTunesなどで媒体を購入させて頂き、正しく身銭を切ることでしか見えて来ない「何か」があります。

「贈与と返礼のルール」に身を投じ、コミットメントさせて頂く事で監督や作者、製作者がより注意深く神経を注いで込められた思念をより多く感応できると確信してます。

今回のDVD版は、オペラの幕間劇の様に、「タチコマの日々」と言う面白エピソードが挿入されていて、より親密に、別の視点から、俯瞰的に攻殻機動隊を味わう事が出来ました。

以前所有していた「イノセンス」や「パトレイバー」のDVDでは、制作に関する技術的な事や、より細部を味わう為の豆知識的なものが入ってました。

小説家の全集に付加されている書簡や解説と同じで、より多角的に多層的に作品と接することが出来るのでとても嬉しいです。

綿密な伏線とその回収。

マクガフィンとその応用。

世界観とキャラクターが作者の手を離れて語り出す、動き出すその様が、本物の作品の中に息づいてます。

オリジナルとは何か。

生命は、何かに触れる事で、影響を受け、模倣し、肉付けし、感応し、異化され状況を作り出す。

意識的に。無意識的に。

それは宇宙の意思なのか。

リセットボタンを押すのは、押したのは誰なのか。

人体臓器ネットワークは、個を超えて生命、万物の間で存在していると感じます。

全であり個、個であり全。

一即多。多即一。

自己と他者を分かつものは明確ではないのではないか。

stand alone complexとは角も言うべしと改めて確信しました。

風邪が回復しましたら、シーズン2もじっくり拝見させて頂こうと思います。

間主観性。エゴとイド。オートポイエーシス。

永劫回帰という謎、自問自答をどの様に受け入れ、自壊せずに生き延びて、何をする為に存在するのか。

我々は何処から来て、何処へ向かうのか。

此処ではない何処かへ。貴方でない誰かと。

此処かも知れない何処かへ。貴方かも知れない誰かと。

(鴻上尚史先生)

【追悼】河瀬直美監督『あん』と樹木希林さん

樹木希林さんを偲んで、河瀬直美監督『あん』について再び。

◉河瀬直美監督『あん』公式HP:http://an-movie.com

樹木希林さん最後の主演作となりました河瀬直美監督『あん』。

原作をラジオドラマ化した放送をNHKラジオで以前拝聴していましたので、この作品を観るにあたってより深くまで作品の中に入り込むことが出来ました。

原作を現代を生きる人間の苦悩と、道を踏み外したりドロップアウトしたり、政策によって社会との接点を失ってしまった人々の、それでも尚、前を向いて生きて行こうとする人々を描いた名作です。

河瀬直美監督の人間を視る慈愛の眼差しが大きく作品の本質をも内包し、我々観客をも包み込んで下さってます。

樹木希林さんと言うユニークでこの世の素晴らしさも醜さも、酸いも甘いも見届けてきた存在が、この作品をより大きく深く暖かく包み込んでいらっしゃいます。

喧嘩の仲裁に入ったのに気づいたら加害者になってしまい借金を背負いドロップアウトした永瀬正敏さん。

生きる希望を見出せないでいた女子高生。

そんな二人を温かく見守り、二人を導いて去っていった樹木希林さん。

人の心の痛みや、心の叫びを聞き取り、共鳴し、そっと掬いあげるような慈愛の精神。

あんの気持ちになる。

「あらゆるものの中に命の流れを感じ取る」

生きる事は他者と、万物との交感であり、痛みの共鳴で有り交響することで倍音を奏で、互いに、第三者に、その人に向けて宛てられた宇宙の意思のメッセージを受け渡す。

人知を超えた何かを、言葉を超えた何かを万物は互いに、影響しあい、倍音を奏でながら交感し合っているのだと改めて確信しました。

改めて、樹木希林さんのご冥福をお祈りします。

樹木希林さんが残して下さった多くのメッセージを、次代へと受け渡すために、精進して参ります。

『椿姫ができるまで』

もう暇があれば何度でも見返してます。

以前はDVDで持ってましたが、止むを得ず売却し、その後、iTunesで購入しました。
DVDには特典として、演出家やナタリー・デセイさんらのインタビューも入ってました。

だからなるべくDVDで購入したいと思ってます。

京都造形芸術大学・東北芸術工科大学の外苑キャンパス「短期講座」でオペラの初歩を学ばせて頂きました。
その時、安川智子先生がお勧めして下さったオペラのDVDやCDを山野楽器さんで購入させて頂き、演出の違いや歌手の得手不得手、音楽祭などの環境で同じオペラでも全く世界観が変わるのだと知りました。

『椿姫』の新国立劇場での新制作が開催されるので、『椿姫』のDVDやCDを山野楽器さんで揃えられるものを揃えて見比べ、さらに、新国立劇場での指揮者の他のオペラや新国立劇場の演出家さんの他のオペラも観照し、どんな演出になりそうか、新国立劇場で観劇させて頂く前に下調べをして観劇しました。

とても素晴らしい演出で、ヴェールの向こう側とこちら側、村上春樹先生の向こう側とこちら側に近い感覚を視覚化されていて、スタイリッシュで斬新な新制作『椿姫』を観劇することができました。

その時、この映画『椿姫ができるまで』もDVDを購入させて頂き、この本番のDVDも購入させて頂き、映画とオペラの違いや、完成まで作り上げる過程の諸々の勘所をいろいろご教授頂きました。

ナタリー・デセイさんが椿姫に憑依していく様が、演出家と一緒に想像していく様が、あらゆるモノづくりに共通する「何か」を見せて頂いてる様で、とても勉強になりました。

今朝も眠れず起きてしまったので、『椿姫ができるまで』を最後まで観ました。
ヾ(´∀`*)ノ

オペラには、音楽と演劇を融合し、そこに歴史の、人間が生きることの喜びと苦しみが、得体の知れない何かの邪魔や妨害をどの様に対処するか。と言った処世術が詰め込まれています。

それは、近松門左衛門先生の浄瑠璃や歌舞伎、現代演劇、小説、現代アートを始め、全ての本物の芸術に共通するものです。

わけのわからない状況に追い込まれた時に、どう生き延びるか。

ソーブ・キ・プ(生き延びられるものは、生き延びよ)【内田樹先生】

抗えない運命の力だったり、策謀、妬み、嫉妬、世間体によって追い込まれた時に、楽園を追われた時にどうするか。

金枝篇に書かれていた様に、昔の王ですら、王の座を世間によって追われ、その末路は悲惨なものでした。

担ぎ上げられ、おだてられ、権力の座につかされて、利用され、世間が風向きを変えると、楽園を追われる。

その時、勇敢なる冒険者だけが、その策謀を乗り越えられる。

あるいは、誰かの自己犠牲によって、困難な状況が打破される。

歴史は、芸術は、そのことを、その時代の言葉で、その時代の切実さで語っています。

オペラは、演出や演奏の概念を時代に合わせて変遷することで、今日まで残って来ました。
オペラと歌舞伎は同じ時期に生まれ、同じ様にその時代の真実を、勝者によって改ざんされた歴史の本質を、物語として受け継いで来ました。

写真も含めすべての媒介は、「状況を創造するための媒介者の創造」であり、「オリジナルなき模倣者の創造」なのだと改めて確信しました。

安川智子先生が翻訳された『偉大なるオペラ歌手たち【男声編】』を購入させて頂き、歴代の偉大なオペラ歌手のことを知ることで、オペラがどの様に生き延びて来たか、どの様に世間というものからオペラを隔離して、本質を引き継いで来たかがとても理解できました。付属のCD-ROMに入っている偉大なオペラ歌手の歌声を聴くだけでも、頭の中が綺麗になり、世の中に蔓延しているサブリミナル的な何かが脱洗脳されてゆきます。

音楽は音霊・言霊によって、演劇や写真や芸術は視覚、視触覚によってサブリミナル的に繰り返され反復される情報を切り離し、本当に必要な本質的な概念を阿頼耶識に薫習してくれます。

私も精進して、その洞窟壁画から連なっている、本物の、本質を他者に引き継いでいけるものを遺して行きたいと思います。

攻殻機動隊〜Stand Alone Complex シーズン1&2

ついポチッと押してしまいました「攻殻機動隊〜Stand Alone Complex シーズン1&2」が届きました。


フランス版で7枚組x2シーズンで、海外のDVDパッケージなのでDVD取り出す時にとても心配になります。

なので不織布ケースに入れ替えました。
そしてパッケージの紙は壁に貼りましたヾ(´∀`*)ノ

前回はauビデオパスで拝見しましたので、一気見しましたが、今度は購入させて頂いたので、じっくりと何度も見返しつつ、観照したいと思います。

と言いつつ、本日はシーズン1の8話分(DVD2枚分)視聴しました。

前回見た時には見逃してた部分やら、台詞に込められた想いや伏線、マクガフィンがだんだんと見えて来ました。

攻殻機動隊もパトレイバーもガンダムも、アキラも、あぶない刑事も、村上春樹先生の小説も、フィリップ・マーロウも、どんなものもそうですが、組織のしがらみや大人の事情に雁字搦めされているものから外れ、独立愚連隊として己の正義や公正さや誠実さに従い孤軍奮闘するものに惹かれます。

鴻上尚史先生が仰る

「祖国なき独立戦争」(鴻上尚史先生)

の様に、誰かの都合や思惑に踊らされない物語や思想に共感します。

そして、その様に、絶えず己を自戒しつつ、修正しながら、公正に、誠実に真っ当に生きていこうと改めて思います。

何度でもアンダーラインを引き続けていきます。精進します。

「自分の義務と権利を秤にかけて、権利に先に重りをのせなくば、社会の規則に従いしも、自身を失うことなし。」

「自分の義務と権利を秤にかけて、権利に先に重りをのせなくば、社会の規則に従いしも、自身を失うことなし。」

攻殻機動隊の記事を喪失してしまった為、もう一度書き起こします。

※コンプリートボックスをポチッとしてしまいました。ヾ(´∀`*)ノ

 

ネット上で色んな人も書き起こしてます。

◉「なぜか心に残る攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIGのクゼの話」@TORIMIND LIFE
http://torimind.doorblog.jp/archives/1200727.html

クゼ「水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる。思想ウィルスを乖離し、出島に戻った俺に難民の多くが結線し始めました。俺はその時から彼らの意思を重視し、彼らの望みに助力することだけを唯一の行動原理と決めた。それで彼らのリーダーになることは、さほど難しくなかった。」

クゼ「それ意外の意識にはフィルタリングをかけ、絶えず結線してくる難民の意識を俺の抱く理想と並列化できるように努める。人は本来、他者の介在があってはじめて存在しうるものだということを難民に教えられた。」

老人「自分の義務と権利を秤にかけて、権利に先に重りをのせなくば、社会の規則に従いしも、自身を失うことなし。」

クゼ「その普遍的な思想がとても口当たりの良いものに感じられました。しかし、その難民も一度ネットを介しヒエラルキーの上層の存在を知ると、そのことを忘れ、みな低きに流れていってしまう。力を持てば、それを固持したくなる。武器を持てば一度は使ってみたくなるのと同様に」

老人「それが分かっていて、なぜ事態をここまで引っぱった。革命などという世迷い言が簡単に成就できると本気で考えていたのか?」

クゼ「いいえ、ですが俺が考える革命はもう少し先にある。今はその革命のゴールである上部構造に人々を向かわせるための前段階だと考えています。今この地上を覆い尽くさんとしているネットワークはすでに下部構造と化し本来の目的を終え、別義を創造している。」

クゼ「そこからは不可分ながら土台たる下部構造に対し、確実に真偽ある反作用を及ぼす存在となり上部構造へとシフトする。それが俺の考える革命の定義です。(この思想を難民達と)潜在的には共有しているはずですが、具体的にはまだ…」

クゼ「俺がイメージする革命・解放。人の上部構造への移行。硬化したシステムを捨て、人とネットとが融合するということだ。」

クゼ「俺は半島での出来事で人生を達観した、矛盾した秩序、強者による搾取、腐敗した構造、だが最も俺をがっかりさせたのは人々の無責任さだった。自分では何も生み出すこともなく、何も理解していないのに、自分にとって都合のいい情報を見つけるといち早くそれを取り込み踊らされてしまう集団」

クゼ「ネットというインフラを食いつぶす動機なき行為が、どんな無責任な結果をもたらそうとも何の責任も感じないもの達。俺の革命とはそういった人間への復讐でもある。」

クゼ「俺は子供の頃から全身疑体だった為に、心と体の不一致を絶えず感じていて、出来ることなら不自由な体を捨てネットの海へ漕ぎ出したいと考えていた。そんな俺にアジア難民達は少なからず生きる希望を与えてくれた。彼らは俺の作り物の顔をとてもいい顔だと言い、ゴーストが顔に表れているのだと褒めてくれた。俺はその時はじめて心と体は不可分な存在なのではないかと実感し、自分も肉体を持つ人間なのだと思うことが出来た。だが、そんな彼らも口当たりのいい情報に出会うと、やはり都合のいい方向へと簡単に流れて行ってしまう。人間は元々、低きに流れるように出来ているものらしい。」

クゼ「(復讐をどう果たす?)俺に結線してきているもの達の記憶とゴーストをネット上に運びさる。核が投下されれば、それで彼らも肉体を喪失するが強制的な進化を遂げる可能性が手に入る。そして先駆者として下部構造に残ったものに対し絶えず上部構造を意識させ啓発していく存在にはなれるだろう。太古の昔から人類が霊的なものに対し、尊敬や畏怖を感じてきたように。(それが復讐と救済か?)俺は革命と信じているが

届いたらじっくりと見てみようと思います。

これで、DSC-RX100は、12月26日に購入することが確定しましたヾ(´∀`*)ノ